胃ろうの母…スプーンひとさじでも口から食べたい

五島朋幸 食べること 生きること~歯医者と地域と食支援

口から食べて飲み込む障害に対する取り組みを始めたばかりの20年ほど前の話です。

福田スミさん(仮名、当時88歳)は、脳梗塞(こうそく)を発症して入院、病院では口から食べられないという判断で、胃ろうを造設されて退院されました。

当時はまだ、胃ろうは珍しく、個人的にも取り扱い方などに興味津々で、娘の尚子さん(仮名)に使用法や管理についていろいろ教えていただきました。口から食べなくても、口腔(こうくう)ケアは必要なので訪問させていただいていました。

胃ろうの食事はただの作業

ある日、尚子さんから、「五島先生、母は一生、口から食べられないんですね」と言われました。

当時、僕も胃ろうになったら食べられないと思っていたので否定できませんでした。すると、「毎日胃ろうで栄養を入れるんですけど、食事とは全く違いますよね。食卓って楽しい場じゃないですか。でも、胃ろうの食事は作業でしかありませんね」

僕はますますうつむいてしまいました。

「どうせなら最後の食事は豪華にしたかったのに……。口から食べていないと、ただ、生かしているだけの気がするんですよ。もう無理なんですかねぇ」と言われて、言葉もなく、途方もない敗北感に包まれたことを覚えています。

食べる支援をスタート

その時から食べる支援の取り組みを始めました。

まずは、しっかりお口の周りをマッサージすること、頬のストレッチや舌の運動など基本的なことから始めました。

経験がないので、「どうやったら食べられるようになるんだろう、いつ食べられるようになるんだろう」という疑問の中で実施していました。

1か月ほどたつと、少し変化を感じました。

以前より舌の動きが良くなり、僕の指を強く押し返すようになっていました。そんなある日、顔色は良く、目がパッチリしていたので、尚子さんに「何か食べるものはありますか」とお願いしました。尚子さんの方が「えっ!」という顔をされました。バナナをミキサーにかけて持ってきてくれました。

車椅子に座ったスミさん。スプーンにすくい、口元に持っていくと軽く唇が開きました。そのまま口の中に入れると唇を閉じてもらい、スプーンを抜きました。ゆっくり、小さくモグモグとされました。10秒ほどしてゴクッ。少し様子を見ていましたが、むせることもありません。

すると尚子さんがスミさんに抱きつき、「お母さん、食べられたね、また食べられたね。すごい、えらい!」と言って涙ぐんでおられました。

ほんのひとさじですが、なんと大きなひとさじでしょう。その光景を見て、改めて口から食べることの大切な意味をかみしめました。

ひとさじの水のおいしさ

つい先日のことです。ある男性が誤嚥(ごえん)性肺炎で入院後、口からの飲食を禁止され、血管から栄養を入れる処置を受けて退院しました。

完全に寝たきりの状態です。ホームヘルパーが口腔ケアをする時、歯ブラシの水分を吸おうとするということをケアマネジャーが聞き、僕に連絡をくれました。

訪問初日、ベッドの上で姿勢を安定させ、ティースプーンで冷たい水を口の中に入れるとゴクッと大きな音がし、大きな声で「あぁ、うめぇ!」と発しました。

僕たちは毎日当たり前のように食事をしますが、食べ過ぎを反省する方も多いことでしょう。しかし、一方には、口から食べられずに生きている方がいます。

もし、「一生、口から食べないようにしてください」と言われたら、受け入れることはできますか。自分事として考える必要があるでしょう。高齢なんだから仕方がない、と僕は思いません。食事は無理でも、スプーンひとさじに生きる喜びを感じる方がいることを知ってほしいと思います。

五島朋幸(ごとう・ともゆき)

歯科医師、ふれあい歯科ごとう代表(東京都新宿区)。日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授。新宿食支援研究会代表。ラジオ番組「ドクターごとうの熱血訪問クリニック」、「ドクターごとうの食べるlabo~たべらぼ~」パーソナリティーを務める。 著書は、「訪問歯科ドクターごとう1 歯医者が家にやって来る!?」(大隅書店)、「口腔ケア○と×」(中央法規出版)、「愛は自転車に乗って 歯医者とスルメと情熱と」(大隅書店)など




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