「黙れば中国政府が喜ぶだけ」抗議の声上げる在日ウイグル族

中国新疆ウイグル自治区で2009年に起きた少数民族、ウイグル族の「ウルムチ暴動」から5日で10年。

中国政府の厳しい抑圧から逃れ、日本に渡ったウイグル族の人たちは家族の安否すら分からず、不安な日々を過ごしている。民族の危機に焦燥する在日ウイグル族の今を報告する。

「弾圧やめろ」「家族を返せ!」。最後は絶叫だった。

6月29日、20カ国・地域首脳会議(G20サミット)に合わせて大阪市で行われた中国政府への抗議デモ。イリハム・マハムティさん(49)は約70人の同胞とともに声を張り上げた。

2001年に来日し、08年に日本ウイグル協会を設立した。デモや講演を通じてウイグル族の現状を訴える活動を行ってきた。

中国の新疆ウイグル自治区には母と妹が暮らす。

最後に電話で話したのは17年4月。母は「何かあったらこっちからかけるから」と素っ気なかった。2カ月後、米国籍の親戚が実家を訪ねた。母は親戚に「息子から電話があると、2カ月は静かな生活ができなくなる」と話したという。

国際電話がかかれば、すぐに警察が来る。中央政府の情報機関も来る。入れ代わり立ち代わり何度も来て、しつこく尋問する。「息子は何を話したか」「おまえは何を話したのか」

最後の電話から2年余り。母と妹の近況は分からない。「外国に住むウイグル人は皆、同じ状態。古里の家族に迷惑が掛かるから、連絡もできない」

協会によると、日本で暮らすウイグル族は約3千人。

中国の抑圧政策は日本での生活も脅かしている。デモに参加した20代の男性は17年夏、留学先の大学を除籍になった。実家からの送金が途絶え、学費が払えなくなったためだ。

14年に来日し、日本語学校を経て大学へ。学費は姉が送金してくれていた。ところが国外に送金したことを理由に姉の身分証が突然、無効に。中国では身分証がなければ生活できない。実際に住居も追い出された。その後、身分証は再発行されたが、姉は「もう送金できない」と伝えてきた。

男性は周囲の援助でいったんは復学できたが送金は復活せず、今年2月、再び除籍に。留学ビザも無効になった。「でも帰国はできない。帰れば外国に行ったことがあるだけで収容所に送られる」と日本での難民申請に希望を託す。

徳島大大学院の留学生サウティ・モハメドさん(41)は日本で働き、いずれ日本国籍を取得するつもりだった。だがパスポートの期限が22年に切れる。この状況で中国大使館に行っても「帰国を迫られるだけ」。

まだ学生のサウティさんに日本国籍取得は困難だ。残るは難民申請しかないが、昨年の難民申請者1万493人に対し、在留が認められたのは82人。狭き門に不安は大きい。

デモに参加した在日ウイグル族の多くは顔全体をお面で覆っていた。イリハムさんは「中国当局も怖いが、勤め先の会社に知られるのも怖い」と話す。

在日ウイグル族の勤め先は中国と取引がある場合が多い。そのため、会社は従業員がデモなどに参加するのを嫌がるという。

それでも抗議活動への参加者は急増している。「以前は日本人支援者ばかりでウイグル人は数人だった。それが昨夏の東京でのデモには約150人が集まった」とイリハムさん。

それは民族が置かれた状況への危機感の表れだ。デモに参加した20代の女性は語った。「家族のことを考えれば抗議活動に加わるのは怖い。でも私たちが黙れば中国政府が喜ぶだけ。今はウイグル人全体が家族。声を上げ続けるしかない」




https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190705-00010007-nishinpc-int