意外に難しい死因「老衰」

死因の第3位に老衰

先ごろ発表された厚生労働省の「平成30年(2018)人口動態統計月報年計(概数)の概況」によると、平成30年に亡くなった人の死因のランキングで。老衰が死因の第3位になったことが明らかになった。

死因別にみると、死因順位の第1位は悪性新生物<腫瘍>(全死亡者に占める割合は 27.4%)、第2位は心疾患(高血圧性を除く)(同 15.3%)、第3位は老衰(同 8.0%)となっており、死亡者のおよそ 3.6 人に1人は悪性新生物<腫瘍>で死亡している。

昨年の4位からランクアップし、ついに3位になった老衰。寿命を全うし、自然に亡くなる人が増えるのはまことにめでたいことだ…。

老衰って何?

ところで、老衰って何だろう。

厚生労働省 平成31年度 死亡診断書(死体検案書)確定マニュアルによれば、死亡診断書(死体検案書)に書く老衰を「死因としての「老衰」は、高齢者で他に記載すべき死亡の原因がない、いわゆる自然死の場合のみ用います。」としている。

私が老衰で思い出す亡くなり方は、首相を務めた宮澤喜一氏の亡くなり方だ。

亡くなる日の朝まで新聞を読んでおり、気が付いたら亡くなっていたというエピソードを聞いたことがある。このように、少しずつ弱っていき、最後はスッと亡くなるのが老衰のイメージだろう。

病理解剖をすると…

しかし、私たち病理医が、そのような亡くなり方をした方を解剖させていただくと、何かしらの病気を見つけてしまうことが多い。

江崎らは、100歳以上の長寿者(百寿者)の病理解剖を検討したところ、解剖した42例すべてに死因として妥当な病気を見つけた 。敗血症16例、肺炎14例、窒息4例、心不全4例などだ。

超高齢者では、 (1) 免疫機能の低下、 (2) 嚥下・喀出機能の低下、が致死的な病態と結びつきやすい。

しかし、このことと「老齢であるが故の自然死」とは関わりがない。「老衰死」なる言葉に科学的根拠があると考え難い。

もちろん、最後に高齢者を死に至らしめた病気には、免疫力の低下、消化管などの粘膜や末梢の血管がもろくなること、異物を食べて処理するマクロファージの働きが弱まったなどといった加齢が原因の状態が背景にある。

医者も迷う老衰

死亡診断書(死体検案書)マニュアルには続きがある。「ただし、老衰から他の病態を併発して死亡した場合は、医学的因果関係に従って記入することになります。」としている。老衰による誤嚥性肺炎と書いてもいいということだ。

しかし、背景に老衰があるか否かは、医師の判断によるわけだから、誤嚥性肺炎や窒息が死因になってしまうことだってありうる。

――そうした場合、先生自身は死因として「老衰」あるいは「肺炎」のどちらを選ぶことが多いのでしょうか。

「老衰」とすることが多いかと。もちろん「肺炎」と記載する医師もいますし、それでよいとも思います。私自身は老衰の経過の最終段階として肺炎を起こしたということであれば、主な死因は「老衰」でよいのかなと考えています。しかし、実際には「肺炎」の中にも老衰のある人は結構いるのではないでしょうか。

老衰による死というのは、このように曖昧なのだ。だから医師も悩んでいる。

東埼玉病院内科・総合診療科・今永光彦氏は、老衰には4つの考え方があると指摘している。

1.医師が「老衰と考えられる臨床像」を各自で持っていること

2.医師が「老衰と診断することへの葛藤や不安」を抱えている

3.上級医や施設長ら他の医師が「老衰」と付けるのを見て「あ、老衰と付けていいのか」と考えるようになった

4.「家族との関わりの重視」

とくに4番目の家族との関わりについて、以下のように述べる。

痰が詰まった後に死亡した可能性が否定できない場合があったとします。家族との関わりを踏まえて、死亡診断書に「痰による窒息」と記載するよりは「老衰」と書いた方が、家族が肯定的に死を受け入れたり、自責感が和らいだりするなどの配慮が働いているケースもあるということです。

このように、老衰による死の増加は、医師の考え方の違いや家族と医師の関係など、複雑な要素が絡み合って起きていることだということが分かる。

死を語ろう

老衰とは、医学的な死というより、社会的な考え方によるものだと言える。つまり、医療者と社会が対話を重ねて老衰とは何かを決めていく必要があるということになる。

何が何でも死因を見つければよいわけではないし、かといって、老衰だからと放置してよいわけでもない。今回の老衰死第3位の報道をきっかけに、老衰とは、死とは何か、人々が考えるきっかけになることを期待したい。

榎木英介

病理専門医かつ科学・技術政策ウォッチャー

1971年横浜生まれ。元理科少年。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。近畿大学医学部講師を経て、赤穂市民病院病理診断科部長。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表。病理医として日夜働くと同時に、若手研究者のキャリア問題や、医療のあり方を考える活動を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。近著は「医者ムラの真実」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、「嘘と絶望の生命科学」(文春新書)ほか。




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