人生のラスト10年は病気や障害とともに生きる

はじめまして。訪問診療医の佐々木淳と申します。

訪問診療(在宅医療)とは、医療が必要だけれど、自分では病院に通院することが難しい患者さんたちを医師が定期的に訪問し、ご自宅で健康管理のお手伝いをするものです。

訪問診療が必要になる患者さんたちの多くは、治らない病気や障害とともに生活をしています。人生の最終段階にいらっしゃる人も少なくありません。

「病気を治すため」というよりは、病気や障害があっても、たとえ死期が近づいてきていても、最期まで「安心できる生活」「納得できる人生」を送れるよう、その人らしい暮らしを支えていくことが私たち訪問診療医の仕事です。

多くの人にとって、病気になること、障害をもつこと、そして死を迎えることは、できることなら向き合いたくないテーマだと思います。しかし、人間が生き物である以上、これらは避けられない私たちの宿命でもあります。

身体機能は20歳くらいでピークを迎え、それを超えると少しずつ体力は低下していきます。そして病気を重ね、衰弱が進行し、最終的には死を迎えます。

誰もが最期まで健康に暮らしたいと願っています。しかし、突然死でもしない限り、私たちは人生のラスト10年間、病気や障害とともに、そして医療や介護とともに生きていくことになるのです。

健康寿命と平均寿命の短縮は簡単ではない

日本は世界でも有数の長寿国です。日本人の平均寿命は、男性は81歳、女性は87歳を超えています。

しかし、男性の健康寿命は71歳、女性の健康寿命は76歳。男女ともに平均寿命と健康寿命には約10年のギャップがあります。どうせ長生きするのであれば、平均寿命よりも健康寿命を延ばしたい。誰もがそう思うはずです。

日本では、この健康寿命を延ばすために国をあげて取り組んできました。その結果、日本人の健康寿命は2001年からの12年間で男女ともになんと2年も延びました。

しかし、健康寿命と平均寿命の約10年間のギャップは短縮することはできませんでした。健康寿命が2年延びたら、平均寿命も2年延びたのです。健康寿命が延びた分だけ、平均寿命も延びる。人生の最後の10年のギャップを短縮するのは簡単ではない、ということもわかってきました。

いま、多くの人は、寝たきり予防、認知症予防のために、運動や脳トレに取り組んでいます。これらの努力は健康寿命を延ばすのに有効であることがわかっています。しかし、どんなに頑張っても、加齢そのものに 抗あらが うことはできません。

健康寿命を延ばせば、その分、長生きすることになりますし、長生きをすれば、いずれ誰もが要介護状態や認知症になります。年とともに心身の機能が低下していく。これは私たち人間の老化のプロセスそのものでもあるのです。

いずれ認知症や要介護になるものと考えて備える

寝たきり予防や認知症予防に積極的に取り組んで、より長く元気に生きる。これはとても大切なことです。

しかし、「予防」という言葉には、悪いものを避けるというニュアンスがあります。あまり予防にこだわりすぎると、寝たきりや認知症になった時に、「予防に失敗した、人生終わりだ……」と思う人も出てくるかもしれません。

要介護や認知症は、いずれ起こるもの。努力によって遅らせることはできるけれど、完全に防ぐことはできません。大切なのは「防ぐ」だけでなく「備える」こと。要介護になっても、認知症になっても、自分らしく生きられる。そんな準備をしておくことが大切だと思います。

86歳要介護3でもブラシ作りの仕事を続ける

東京都葛飾区で一人暮らしをしている86歳の私の患者さんがいます。

彼女は要介護3、つまり一人では外出することができず、一日の大部分をベッドの上で過ごします。食事の準備や入浴などは一人では難しく、ヘルパーさんが手伝ってくれています。記憶力も低下しつつあり、薬がちゃんと飲めているかどうかも、ヘルパーさんが確認してくれています。

先日、診療で彼女のご自宅を訪れたところ、「久しぶりに仕事が入った!」と笑っておられました。

静岡県に300本のブラシを納品するのだそうです。青竹の柄に規則正しくたくさんの穴を開けて、そこに乾燥させたアロエの繊維を埋め込んでいきます。全工程を一人で、すべて手作業で。

気の遠くなるような話ですが、ご主人と始めたこの仕事を、12年前にご主人、その2年後にお 姑しゅうとめ さんを見送った今も、一人黙々と続けておられます。注文主も長年のつきあい。彼女の仕事ぶりもよく知っています。だから納期もかなり緩やかに設定してくれています。

「私は死ぬまで働くよ。働くのをやめたら、きっとボケる」

そう自信満々に語る彼女は、自分の年齢を100歳と信じていますが、私もあえて訂正はしません。

健康はとても大切なものです。しかし、私たちは健康でいるために生きているわけではありません。大切なのは、自分らしい生活が継続できること。そして、そこに幸せを見つけられること。たとえ、身体機能や認知機能が低下したとしても、自分は自分らしく生きている。自然にそう思える環境を作ることが、在宅医療の大きな使命の一だと私は考えています。(佐々木淳 訪問診療医)

佐々木淳(ささき・じゅん)

医療法人社団悠翔会理事長・診療部長。1973年生まれ。筑波大医学専門学群卒。三井記念病院内科、消化器内科で勤務。井口病院(東京・足立区)副院長、金町中央病院(同・葛飾区)透析センター長を経て2006年MRCビルクリニック(在宅療養支援診療所)設立。2008年、団体名を悠翔会に改称。首都圏11か所で在宅診療所を運営する。




https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20190410-OYTET50001/