行政区再編問う住民投票 浜松の「やらまいか」

静岡県西部に位置する浜松市には「やらまいか」ということばがある。「何事もやってやろうじゃないか」という人々の気概を表しているものだ。

同じ静岡県にあって政令指定都市の静岡市は、江戸時代には徳川家康が駿府城を築き、城下町として栄えてきた。県中部に位置し県庁所在地でもある、中心的な存在の静岡市と比べると、戦後、ものづくりで栄えてきた浜松市は歴史的な経緯とともに、そこに住む人々の気質もいささか違った趣がある。

それは、いわばハングリー精神。「やらまいか」で臨もうと、今回の統一地方選挙と同時に実施される住民投票。行政区の再編をめぐる経緯をたどった。

平成の大合併 政令指定都市の仲間入り

浜松の市政施行は明治44年。当時の人口は3万6000人余りだった。昭和16年(1941年)の太平洋戦争開戦に伴い、市内では多くの企業が軍需物資を生産していたため、アメリカ軍の集中的な爆撃を受け、市の大半を焼失した。

それでも、持ち前の「やらまいか」で復興する。

終戦の翌年、昭和21年には自動車大手の「ホンダ」創業者、本田宗一郎氏がこの地で小型オートバイを開発。自動車や楽器など「ものづくり」の街としての歩みを始める。

浜松市がいまの広さになったのは平成17年7月1日。旧浜松市を含む12の市町村が合併し、人口80万人の新しい浜松市として誕生した。面積は1558平方キロメートル。市としては、岐阜県高山市に次ぐ全国2番目の広さとなった。そして平成19年4月1日に政令指定都市に移行し、現在の7つの行政区が設けられた。

政令市移行12年 山積する課題

政令指定都市に移行して2年後の平成21年、浜松市は人口のピークを迎える(82万4640人)。その後は、全国の地方都市と同じように人口の減少傾向が続く。高齢化が進み、医療や福祉にかかる費用が増加し、さらには水道や橋などインフラの老朽化も深刻になってきた。

直面するさまざまな課題にどう対応するか。市は、行財政改革を進める必要があるとして、合併から5年後の平成22年、7つの行政区の再編についての検討を始めた。

行政区再編 その効果は7億円?

行政区再編の案を検討する中、浜松市議会には特別委員会が設置され、議論が進められてきた。この中で市は、去年9月、最終的な案として7つの区を3つに再編するという案を提示。

具体的には、JR浜松駅や繁華街がある中心部の中区とその周辺の4つの区を1つの区にまとめる一方、現在の「浜北区」と山間部の地域の「天竜区」はそのままにするとして、実現した場合の効果額は、職員の人件費の削減などで7億円と見込んでいる。

この市の「3区案」に対し、市議会は賛否で割れた。

最大会派の市議会自民党は、3つの区は人口がそれぞれ67万、10万、3万となり、あまりにもバランスが悪すぎるうえ、メリットやデメリットが明示されていないなどと痛烈に批判した。

共産党も再編に反対し、これにより市議会の過半数が「3区案」に反対する形となった。市議会での再編議論は行き詰まり、市が目指した行政区再編は暗礁に乗り上げたように見えた。

専門家「再編、先進的」

浜松市の行政区再編に向けた動きを注視してきた、地方自治に詳しい中央大学の佐々木信夫名誉教授によると、行政区再編に向けた動きは、全国的に見ても浜松市が先進的であり、同じような悩みを抱えている全国のほかの政令指定都市もその動向を注目しているという。

「人口の減少で自治体の税収が減る一方で医療や福祉、介護などコストが非常に膨らんでいく中で、経費の削減を優先して、高齢化への対応や老朽化した道路などのインフラの更新といった市民に必要なサービスとして還元をすることを優先する時代がきている」(中央大学 佐々木信夫名誉教授)

「直接 民意を」自治会が要請

先行きが見えなくなっていた再編の議論だったが、去年10月、住民の声で動き始める。

自治会でつくる連合会が市に対し、再編への議論を尽くすよう求めたのだ。要望ではさらに、もし議論が進まない場合は住民投票を実施して民意を問うよう求めたのだ。

浜松の政界と財界に影響力を持つ自動車メーカースズキの鈴木修会長は、「行政区再編は将来のために待ったなし」などと公の場で発言するなど、再編議論の再燃は一気に進んだ。

「(市議会自民党は)『今は時期尚早だ』というが、いつならよいのか。今こそ行うべき」(スズキ 鈴木修会長)

浜松商工会議所の大須賀正孝会頭は、法人税を払っている企業経営者の立場から税金の無駄をなくすべきだと指摘。再編に期待を寄せる。

「われわれは法人税を払っている。浜松を愛しているし、浜松で事業をしているから一生懸命になっていろいろしているなかで、無駄ばかりされたらいけない。だから今手を打っていかないとだめですよ。経済界、企業が全部潰れちゃうよ」(浜松商工会議所 大須賀会頭)

地元有力者の後押しを受け、みずから公約として行政区再編を掲げてきた浜松市の鈴木康友市長は、9年間の再編議論に決着をつけるため、住民投票実施の条例案を市議会に提出。

市の案に反対していた自民党の修正が加えられたものの、今回の統一地方選挙で行われる浜松市の市長選挙や市議会議員選挙などと同時に、浜松市で初めてとなる住民投票が実施されることとなった。

それでも 市民には不安の声も

一方、市民からは不安の声も上がっている。3月下旬、浜松市南区で行われた行政区再編に関する住民説明会。浜松市の一般会計が3500億円なのに対し、再編の効果額が7億円にとどまることに質問が相次いだ。

「削減額がその程度なのであれば、 再編しなくても、職員を減らすなどすれば経費削減ができるのではないか」(住民)

「7億円は一般会計の0.2%だが、少しでも効率化して経費を削減していかないといけない」(市の担当者)

住民が懸念しているのはサービスの低下だ。

市の「3区案」では、東区、西区、南区、北区の区役所を今の中区役所に統合する。このうち、南区役所は新しい区役所の「出先機関」になり、現在の500の業務のうち「住民票」や「印鑑証明」などを除き、84の業務が廃止されることになる。

例えば、相続税の申告などに必要な除籍証明手続きなどができなくなるため、数キロ離れた中区役所まで行かなければならなくなるというのだ。南区白脇地区社会福祉協議会の藤田明男会長は、行政サービスの低下に対する説明が不十分で、住民の多くが不安を抱えていると指摘している。

「職員が90人から30人になると言われて行政サービスは大丈夫か。業務が集中する中区役所は混雑が予想される。もう少し7区で考えるべきではないか」(浜松市南区白脇地区社会福祉協議会 藤田明男会長)

わかりにくい投票用紙

さらに、住民投票の投票用紙がわかりにくいという意見が出ている。

今回の住民投票の投票用紙には、市が提案する区割りの案などについて2つの設問がある。

まず、設問1で、市が示す3区案に「賛成」か「反対」のいずれかに丸をつける。そして、設問1で「反対」と答えた人のみ、設問2で、再編そのものについて賛成か反対のいずれかに答えることになる。

設問1で「賛成」と答えた人は設問2には進まない形だ。設問1で「賛成」を選びながら設問2に回答したり、設問1で「反対」を選びながら設問2が無回答だったりした場合、無効票扱いになってしまう。

佐々木名誉教授は、市民に投票のしかたをわかりやすく説明する必要があると指摘する。

「設問が2段階になっており、市民の意向を聞きたい市側の立場で作られたため、わかりにくくなった印象だ。投票のしかたの説明をきめ細かくわかりやすく工夫して、市民の意向を反映した意味のある住民投票にしていく必要がある」(中央大学 佐々木名誉教授)

市は、全ての世帯に投票用紙の記入の流れを説明するチャート図を配布するなどして、引き続き投票方法の周知に努める方針だ。

初の住民投票 今後は

行政区の再編を問う、初めての住民投票に臨む浜松の市民たち。佐々木名誉教授は、こうした動きが一気に全国に広がっていく可能性があるという。

「平成の合併の効果も含めて、大きくなったこの市政をどういうふうに運営をしていくのが望ましいのかということを考えるきっかけとなる投票であり、自分たちの住むまちの今後のあり方を考えて投票してほしい。市はその結果は最大限尊重し、浜松市政を進化させていくべきだ」(中央大学 佐々木名誉教授)

住民投票、その結果はいかに。そして、結果をどう市政に反映させていくのか。将来の地方都市のあり方が問われようとしている。




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