王将が「店で餃子を包む」のをやめたワケ

「餃子の王将」の渡邊直人社長は、2013年の就任後、2つの大改革を行った。ひとつは「店で餃子を包むのをやめる」、もうひとつは「小麦粉を含む主要食材をすべて国産にする」。なぜ改革が必要だったのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉氏が、渡邊社長に聞いた――。

■メディアで注目を浴びる一方で現場は疲弊

「餃子の王将」をチェーン展開する王将フードサービス(以下、王将)の売上高は約781億円。従業員数は2203名、店舗数は736店舗。台湾にも2店舗、出店している(2018年3月31日現在)。

2013年に登板した同社代表取締役社長、渡邊直人は会社の改革に取り組んだ。現在の王将は改革の途上ではあるが、現場は大きく変わっている。

渡邊は言う。

「08年頃、当社はテレビ番組などメディアに取り上げられることで注目を浴び、利益も大きかったんです。しかし、現場は疲弊していました。工場や店舗の設備は従来のままだったのに、お客さんが増えて増えて、現場はてんてこ舞いでした。

それが13年になると、外食産業全体に陰りが出始めて、当社にもその影響が及びつつあった。利益は出ていましたけれど、工場、設備をそのまま使い、まったく投資をしていない状態で、社内には大きな危機感がありました。王将のためを考えると、どうしても抜本的な改革をしなきゃいけなかったんです」

■「オレは庶民に、お腹いっぱい食べてもらいたい」

桃山学院大学を卒業した渡邊が入社した1979年当時、王将への就職を志望する大学卒は珍しかった。しかし、創業者で社長の故・加藤朝雄氏から面接を受け、そのド迫力と給料の高さにひかれて入社を決めた。

「わたしはスーツで面接に行ったのですが、加藤は現場で働く姿だった。

加藤は言うんです。

『オレは庶民に、お腹いっぱい食べてもらいたい。そんな店をつくるんや』

加藤が語ったロマンにしびれて入社しました。私は現場で掃除、仕込み、調理となんでもやりました。初任給は20万円で毎月4000円昇給。昇給は、人を逃がさないためですよ。初任給は高いと思ったけれど、働く時間を考えると、『これじゃ安い』と思いました」(渡邊)

そうして王将は庶民が腹いっぱい食べられるような価格の商品を提供した。

かといってセントラルキッチンで調理したものを店舗に運ぶことはしなかった。庶民のために目の前で熱々の料理を作った。店舗のオープンキッチンで料理をすることにしたのである。

それぞれの店長が出すメニューを自由に考える。餃子の具材はセントラルキッチンから運ぶが、包むのはすべて店でやる。

できたての熱い料理、店独自の料理を出すことによって、王将はチェーンではあるけれど、町の中華料理店のような温度を客に提供することができた。

■社員が大事だから、店で餃子を巻くのをやめた

さて、そうして始まり、成長した王将だったが、渡邊がトップになった頃はそのままでは成長を維持できなくなったため、大きな決断をした。

渡邊がトップになって始めた大きな改革はふたつある。

ひとつは餃子を店舗で“巻く(餃子の餡を皮で包むこと)”のをやめ、工場で成型して各店舗に配送するようにしたことだ。

「店に来てくださったことのある方はわかると思うのですが、平均的な店舗で餃子は一日に1000人前くらい出ます。1人前が6個ですから、店長以下、従業員は営業時間の間、ずーっと餃子を巻いていなくちゃいけない。餃子を巻くのに追われて、他の料理を作ったり接客にあてたりする時間が少なくなってしまった。そのため、餃子を工場で作ることにしました」(渡邊)

餃子を工場で成型することにしたが、冷凍はしていない。すべてチルドで各店舗まで運んでいる。工場で成型するようになってから、従業員の労働時間は2割減と劇的に減っている。

「『企業は人なり』って簡単に言うけど、そんな生やさしいもんじゃないですよ。社員は企業の命ですよ。社員が疲弊したら、いつか会社は悪くなってしまう。わたしは社長になって、もっとも大事なのは社員の皆さんだと思いました。それもあって、店で餃子を巻くのをやめたんです」(同)

■主要な食材を国産にしたらファミリーが増えた

もうひとつの大きな改革は14年の10月、主要な食材をすべて国産にしたことだ。

たとえば餃子の場合、豚肉、キャベツ、ニラ、にんにく、生姜、小麦粉を国産に変えた。もともとすべてが海外産だったわけではないが、高いハードルだったのは小麦粉だ。

中華麺用の小麦粉(餃子の皮も同じものを使用)の95%は海外産だった。なんといっても国産小麦は量が少ないから、手に入れるのは簡単ではない。そのうえ、価格は輸入小麦のほうが安い。「餃子の王将」のように、大量に使用している中華麺用の小麦粉を国産に変えるのはコストも上がるし、調達の手間もかかる。しかし、渡邊は断行した。

「いらっしゃるお客さまの層が変わりました。『餃子の王将』と言えば学生さん、ビジネスマン、現場の労働者といった方たちが主要な客層なんですが、食材を国産に変えてから、ファミリーの方々が増えました。私がいちばん嬉しかったのは、『“王将の餃子”は安心なので、離乳食にしています』というお母さんからのメッセージでした。そんなこと、以前ならとても考えられなかった」(同)

■「王将調理道場」で料理のコツを教える

ほかにも改革はいくつかある。

16年には女性を主なターゲットとした新しい形の店舗「GYOZA OHSHO」も出した。

女性デザイナーに店舗の設計をしてもらい、女性客が入りやすい雰囲気になっている。メニューもこれまでの王将とは違い、ヘルシーなそれがラインナップに入っている。なお、19年3月には東京の有楽町にもオープンした。

また、本社の隣に「王将調理道場」を作った。そこに全国から店長を集め、調理技術を磨き、料理のコツを教えることで、料理の品質向上を図っている。基本を大切にすることもまた改革のひとつだ。

こうした話を聞いて、わたしは地元の王将の店にあらためて足を運んだ。そして、餃子を頼む。久しぶりに行ったわけではない。前社長の時代から食べに行っていた店だ。出てきた餃子を食べても、まったく以前の味と同じ。そして、あらためて店内の従業員を見たら、確かに仕事はシンプルになっていた。

以前は餃子を巻きながら指示を出していた店長も、調理をするときは調理に集中し、部下に指示を出すときはふたりで話し合いをしていた。

思うに、渡邊の行ったもっとも大きな決断は、やはり店で餃子を巻くのをやめたことだ。そして、社内の誰もがそう思っていたにもかかわらず誰もが口火を切るのを躊躇していたことなのだろう。習慣を変えることは簡単ではない。

■休日は3000人前の餃子が出る「空港線豊中店」

さて、王将チェーンのなかで断トツの集客を誇るのが伊丹空港に近い空港線豊中店だ。同店舗は237席で24時間営業、休日ともなると2500人の客がやってきて、3000人前の餃子が出る。

店長の尾﨑雄太は「わたしたち現場としては餃子を巻く時間がなくなったのは、すごくありがたかった。以前は営業中でも常に餃子を巻かないといけなかったから、部下の話もちゃんと聞くことができなかったし……。餃子を巻くことに追われてしまうところがありました。今では心に余裕をもって調理に集中できますし、接客もできます。よりいいものを出そうという気持ちで調理をできるのはありがたいことなんです」と言う。

また、国産食材に変えてから、「お客さまにママたちが増えました」とも言う。

では、彼ら現場の人間が大切にしている言葉はどういったものなのか。

■「自奮自発」でお客さんに喜んでもらう

「わたしたちが入社当時から言われてきたのは、『自奮自発』ということです。自らを奮い立たせて、自ら行動を起こしてということをずっと言われてきました。王将は、現場に裁量権があり、店長が采配を振るってイベントをやったり、オリジナルメニューを出したりすることができる。それも現場の店長がその地域をよくわかっていて、理解したうえでやらなきゃならない。自奮自発で、お客さんに喜んでもらうというのが王将の現場の言葉です」(尾﨑)

「餃子の王将」の麺、餃子の皮はすべて国産小麦だ。世の中にはおいしいとされる中華料理店は多い。同社よりも儲かっている飲食企業も多い。しかし、そのなかで、消費者に安心を届けるために、すべての食材を国産に変えたところはあるのだろうか。特に困難な麺や餃子の皮を国産小麦に変えたところはあるのか。

「餃子の王将」は富裕層やグルメのための高級店ではない。庶民のための店だ。庶民に腹いっぱい食べてもらうため、庶民に安心してもらうための店だ。彼らは日々、現場の言葉をたよりに、日本を支える庶民のために努力を続けている。(敬称略)

野地 秩嘉(のじ・つねよし)

ノンフィクション作家

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。




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