わが子が発達障害?親がぶつかる「最初の壁」

発達障害など、子どもの心を扱う医療機関で、数か月にも及ぶ「予約待ち」が常態化しているという。異変に気づいても、すぐには専門医に診せることができず、不安を募らせる親が少なくないそうだ。小児外科医で、数々の医療ルポを手がける松永正訓さんが現状をリポートし、解決への道を探る。

発達障害は稀ではない

私は、千葉市の中心部からやや離れた住宅街で小児クリニックを構えています。診療の合間に、小児がんや先天性染色体異常、在宅呼吸器を使う子どもたちについてルポルタージュを書いてきました。

昨秋には、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)という本を出版しました。この本を書くうちに、発達障害の診療に関して、医療界に大きな問題があることが見えてきたのです。

発達障害とは、脳の先天的な発生・発達の異常に基づく障害です。2012年に文科省が実施した調査によれば、通常学級の中で発達障害の可能性のある児童・生徒の数は約6.5%であるという報告がなされています。15人に1人の割合です。こんなに多いのかと驚く人が多いでしょう。

発達障害とは次の三つを言います。多いとされる順に書きます。

 1.学習障害

 2.注意欠如多動性障害

 3.自閉症スペクトラム障害

これらの三つは重なり合い、1人の子どもが複数の障害を併せ持っている場合もあります。自閉症スペクトラム障害の「スペクトラム」というのは聞き慣れない言葉かもしれません。自閉症には、知的障害を伴う子から正常な子まで知能に幅があり、自閉的な傾向の強さにも大きな幅があります。こうした幅のことを連続体=スペクトラムと表現しているのです。

私が自著で描いたのは、勇太君(仮名)という現在18歳の青年と、その母親の立石美津子さんのこれまでの人生です。勇太君の知能指数は37で、精神年齢は5歳8か月と判定されています。

自閉症の特徴であるコミュニケーション障害と、頑かたくななこだわりの強さが見られます。母親の立石さんは幼児教育の専門家で、著作活動や講演活動をしています。本には、母親がいかに勇太君の障害を受容していったのかについて書きましたが、ここではそのプロセスにも関わる「自閉症の診断の難しさ」を論じたいと思います。

「初診までに4年」のクリニックも

勇太君は2歳を過ぎても言葉を発しませんでした。保育園に入園後も、ほかの園児と遊ぶことができませんでした。この頃、勇太君はアトピー性皮膚炎のために国立成育医療研究センターに通っていたので、母親は言葉の遅れについても相談しました。するとアレルギー科の主治医は、こころの診療部に予約を入れてくれました。こうして勇太君は発達障害について、相談から1か月後に診察を受けることになったのです。

こころの診療部の医師は、勇太君の様子を見て、1分もしないうちに「お子さんは自閉症ですね」と診断したそうです。母はあ然として、これを誤診だと考え、次回の予約をキャンセルして、ほかの病院の児童精神科を回ることにしました。

具体的には、東京大学医学部附属病院、東京都立梅ヶ丘病院(2010年に閉院)、瀬川記念小児神経学クリニックといった有名医療機関です。いずれの病院も予約の電話がつながるまで1か月以上かかり、予約から初診まで数か月待ちだったそうです。

三つの病院を巡り、どこでも「自閉症ではない」とは言われずに、母親は病名を受け入れざるを得なくなりますが、それまでに1年を要しました。神奈川県内にあるクリニックの予約も取ったそうですが、初診の順番が回ってきたのは4年後でした。

これらのことを考えると、勇太君が最初に、1か月の待ち時間でこころの診療部を受診できたのはとても幸運だったということになります。ただ、病名に納得するまでに時間を要したため、多大な時間を費やすことになったのです。

自閉症という診断を受け入れた勇太君の母親は、息子を療育に通わせることを決めました。療育とは、自閉症児に対して発達を促し、自立して生活できるように援助をする取り組みです。先述の都立梅ヶ丘病院を受診することにしましたが、この時も、電話がつながるまでにやはり1か月かかり、予約から受診までにさらに6か月を要したといいます。

子どものこころの専門医が足りない

なぜ、ここまで時間がかかるのでしょうか? それは、子どもの心を診療できる医師が極端に少ないからです。これは首都圏に限らず、全国的な問題だと言えるでしょう。もしかしたら、地方の方が深刻かもしれません。

私が開業する千葉市も似たような状況です。千葉県こども病院の精神科は、一時、予約から受診まで9か月待ちと言われました。現在は、翌月の予約を前月の1日ついたちに電話で受け付けるシステムになっていますが、枠がいっぱいになると、翌月に持ち越されます。

千葉大学医学部附属病院のこどものこころ診療部も、年間予約枠を4クールに分け、前月の1日に電話で予約を受け付けます。ここでもやはり、枠がいっぱいになれば、次のクールに持ち越しになります。

子どもの心を専門に扱うのは、児童精神科医か、子どもの心を専門とした小児科医です。こうした専門医を増やすためにはどうすればいいのでしょうか?

実は、現在のところ、答えはありません。私は小児外科医ですが、外科医としてお腹なかの中の病気をすべて手術で治せるようになるまで10年以上の修業が必要でした。現在の医療システムは、医学部を卒業した後に前期・後期の研修医制度があり、それだけでも医師が基本的な力を付けるために5年以上を要します。そこから子どもの心を専門に修業を積んでも10年はかかります。つまり、今の時点で、専門医を大勢養成しようと考えても15年はかかるということです。

たとえ15年後になってしまっても、専門医が大勢いる時代がぜひ来てほしいのですが、保護者の立場からすれば、最も知りたいのは「現時点で誰に頼ればよいか」だと思います。私は、小児科のかかりつけ医にまず相談すべきではないかと考えています。

発達障害を疑うとき

幼い子どもを育てている親が、我が子の発達障害を疑うのはどんなときでしょうか。まず、1歳半の健診(健康診断)のときでしょう。

健診の際に、身長や体重といった身体面のチェックをすることはもちろんですが、1歳半では、「言葉が出るか」「社会性があるか」を評価することが非常に重要になります。子どもが親との間でコミュニケーションを取れるかは大事なポイントです。

子どもが知っているものや欲しいものを指さすのは、親に共感を求めたり、欲求を伝達しようとしたりする仕草しぐさです。困った時に親に助けを求めるのも重要なコミュニケーションです。ほかの子どもに関心を持って一緒に遊ぼうとするのは、子どもの社会性を表します。おもちゃを本来の遊び方で遊べるかなどの見極めは重要なポイントです。ミニカーを走らせるのは、おもちゃに合った遊び方と言えますが、例えば、単に一列に並べるのは定型発達と少しずれているかもしれません。

この時点で、明らかな異常があれば、かかりつけ医は専門機関に子どもを紹介することになります。しかしながら、

 1 専門機関を受診するまでに数か月待つ場合

 2 明らかな発達障害と言い切れない場合

は、かかりつけ医も対応に苦慮します。

千葉市の場合は、そうしたお子さんに対応するシステムがあります。療育を行ってくれる児童発達支援の施設が千葉市には59か所あります。かかりつけ医が意見書を書くと、受給者証が発行され、家族は1割負担で通所施設を利用できます。

そして、かかりつけ医は子どもを発達支援施設に紹介したらそれで終わりでなく、定期的にクリニックを受診してもらい、子どもの発達の様子を保護者と一緒に見ていくのです。

発達支援施設に通うことで、お子さんの発達が順調に進めば、それは最良の経過です。ですが、定型発達とずれていくのであれば、改めてお子さんを専門機関に紹介するという形を取ります。

カギを握る「かかりつけ医」

こうしたシステムは自治体によって異なると思います。すべての自治体でこうした取り組みができているとは限らないでしょう。しかしながら、発達障害の疑いのある子どもを診ていく上でカギになるのは、専門医よりもむしろ小児科のかかりつけ医かもしれないという事情は、各地で共通ではないでしょうか。

もちろん、私を含めた小児科かかりつけ医は、児童精神科医のような高度な知識は持っていません。けれども、これだけ専門家が少ない現状を考慮すれば、当面は最初の窓口となる私たち開業医が一生懸命勉強をしていくしか解決方法はないでしょう。

保護者の中には、開業医を「単に薬をくれる人」のように見る人もいます。しかし、かかりつけ医の役割は決してそういうものではありません。子どもの成長と発達を支援して行くのが本来の役目なのです。風邪などの治療はむしろ、「おまけ」のようなものです。

開業医の側も、保護者の期待に応えるべく、研鑽けんさんを積む必要があります。千葉市医師会では、発達障害の子どもに対する勉強会や研修が始まり、私も参加しています。発達障害の疑いのある子と専門施設の間を取り持つ開業医の役割は非常に重要だと思っています。

母親の切なる思い

18歳まで勇太君を育ててきた母親の立石さんは、これまで数え切れないほどたくさんの発達障害児の家族に講演会などを通じて接してきました。立石さんも開業医の役割がカギになると指摘します。

自分の子どもが「発達障害かも?」と疑ったときに、自分からかかりつけ医にその話を切り出したり、発達相談センターの門を叩たたくのはかなり勇気が要ると言います。

お子さんが風邪などで小児科を受診した際に、医師の方でも発達の異常がないか目を配り、もし気づいたなら、発達障害の可能性を口にしてほしいと立石さんは提言します。

私は、この指摘は非常に重要だと思います。患者家族と開業医は何でも相談できる信頼関係を作っておき、もしも子どもに発達障害などの可能性があるのなら、この先どのようにしていくかを遠慮なく話し合う。それが何より子どものためになるでしょう。

松永 正訓( まつなが・ただし )

1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業後、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より「 松永クリニック小児科・小児外科」院長。2013年、『運命の子 トリソミー』で小学館ノンフィクション大賞受賞。近著に『 発達障害に生まれて 』(中央公論新社)。ヨミドクターで、コラム「いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち」を連載中。




https://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/20190213-OYT8T50016/