検査で救えるのは1000人に1人? 科学的根拠が問われる「前立腺がん検診」

男性に増えている前立腺がん。早期発見のために検診が普及しています。しかし、検診には思わぬ落とし穴があります。

泌尿器科学会は「強く推奨」、厚労省研究班は「勧められない」

前立腺は、男性の膀胱ぼうこうの近くにあるクルミ大の臓器。この小さな前立腺にできるがんの患者は年々増えて、厚生労働省の最新データによると年間約9万人に上り、男性では2番目に多いがんです。

前立腺がんの早期発見には、PSA(前立腺特異抗原)という物質を調べる血液検査が使われます。PSAは前立腺から分泌されるたんぱくで、がんができると増えるとされています。この検査は、8割以上の自治体が住民検診として実施しています。

PSA検診について、日本泌尿器科学会は「強く推奨する」という指針を出していますが、厚生労働省の研究班は、2008年に「死亡率を減少させる効果の有無を判断する証拠が不十分なため、対策型検診(住民検診)として実施することは勧められない」とのガイドライン(指針)をまとめました。学会とは正反対の内容ですね。

その後、PSA検診の有効性に関する二つの臨床試験の結果が、米国と欧州でまとまりました。

米国の試験は、検診を受けるグループと受けないグループを比較しても、前立腺がんによる死亡率に差がなく、有効性がみられなかった、との結果でした。一方、欧州の試験では、検診を受けたグループの方が、死亡率が低く、有効だった、との結果が出ました。なぜ相反する結果になったのでしょうか。

米国では、早くからPSA検査が普及したため、試験では検診を受けないグループに割り振られた参加者の中にも、過去に検査を受けたことのある人が多く、検診を受ける場合と受けない場合の厳密な効果の比較ができなかった、という指摘があります。

一方、欧州の研究は、参加した国によって検査の判定基準や試験の進め方がまちまちで、「無効」という結果だった国もありました。

いずれにしても、有効性について米欧で異なる結果が出たことから、厚労省研究班は、現在も「PSA検診の科学的根拠は不十分」という評価を変えていません。

手術には尿漏れや性機能障害などの合併症も

このように、検診の有効性はいまだ定かではありませんが、不利益(有害性)は確実にあります。

まず、PSA検診で「陽性」と判定されたら、前立腺に針を刺して細胞を採る精密検査を行いますが、出血や痛みを伴います。さらに、がんと診断されて手術を行うと、失禁(尿漏れ)や性機能障害(インポテンツ)などの合併症が、高い確率で生じます。前立腺の周辺には様々な神経が通っていて、手術で傷つく恐れがあるからです。

最大の問題は、前立腺がんには、命にかかわらない、おとなしいがんが多くあることです。前立腺がんは、がんの中でも成長が遅く、進行しない場合が多いためです。放っておいてかまわないがんが検査で見つかって手術を受け、失禁や性機能障害に悩まされる確率が高いと言えます。不必要な手術が多いのは、がんと診断された時点では進行しないかどうかの見極めが難しいためです。

米国政府の予防医学作業部会によると、1000人がPSA検査を受けると、240人が「陽性」と判定され、そのうち100人が精密検査で「がん」または「その可能性が高い」と診断されます。しかし、その20~50%は命にかかわらないがんです。

最終的に80人が手術などの治療を受けますが、その中の15人に失禁、50人に性機能障害の合併症が表れます。

一方、「検査したことによって、前立腺がんで死亡するのを防げた」というケースは、手術を受けた80人のうち、なんと1人だけです。残りの人たちは、検査を受けても受けなくても結果は同じ、ということになります。前立腺がんの多くは進行が極めて遅いからです。また、手術しても救命できない人が5人いますが、この人たちもまた、検査による利益はなかったことになります。

このため、同部会は「PSA検診による利益があったとしても小さく、治療に伴う合併症などの不利益が大きい」として、「検診は推奨しない」との報告をまとめました。

「科学的根拠の観点が欠けている」

検診を受けてがんが見つかり、手術で後遺症が残ったとしても、多くの人は「がんが早く見つかって命が助かったのだから、しかたない」と考えるかもしれません。しかし、実際には、命にかかわらない治療不要のがんを手術し、後遺症が残ったのかもしれないのです。

厚労省研究班のガイドライン作成に携わった浜島ちさと・帝京大学医療技術学部教授は、「検診は利益と不利益のバランスを比較して実施するかどうか決めるのが世界的な流れ。この観点から、海外では、PSA検診は住民検診として行われていない」と言います。そして、国内の多くの自治体がPSA検診を実施していることについて、「科学的根拠の観点が欠けている」と疑問を呈します。

PSA検診は、多くの受診者にとって、後遺症に悩むだけの結果になる恐れもある――自治体の関係者は、それを真剣に考えるべきでしょう。

厚労省研究班も米国の部会も、住民に広く行う検診としてではなく、医師から利益と不利益に関する説明を十分に受けたうえ、個人の判断で検査を受けることまでは否定していません。もっとも、米国の部会が示した前述のような説明を聞いたとしたら、検査を受けたいと思う人は、果たしてどれくらいいるでしょうか。




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