<縁のカタチ>墓と家族(上) 故郷・先祖の重荷下ろす

両親らが眠る墓は、いつも荒れている。隣の墓は手入れされているのに、この墓の区画だけ、雑草が茂り、墓石には水あかや虫の死骸のような汚れがびっしり。東京都品川区の会社員男性(60)は、年に数回墓参りに訪れ、そのたびに申し訳ない気持ちになりながら手を合わせる。

男性の故郷は長野県の東信地方。墓は、浅間山の裾野にある。三つ上の兄(63)は千葉県に住み、定年後も忙しく働いており、最近は墓参りに来ていない。

男性がこの土地を巣立ったのは四十年余り前。地元の習わしでは一族は皆、同じ墓に入る。男性も妻も、死んだらここに戻ってこの墓で眠る。しかし、男性はその慣習には従わない。

三年前、都内の納骨堂に申し込んだ。手続きを終えて感じたのは、心苦しさよりも、重荷から逃れたような解放感だった。

十一月中旬、男性は妻(59)と義父(85)、二人の娘、孫(十一カ月)の六人で納骨堂を訪れた。JR田町駅から徒歩約十分の「迦楼塔(かろうとう)東京」。一月に八十三歳で亡くなった妻の母は、既にここで眠っている。

地上四階、地下一階建てで白壁に市松模様が入ったビル。センサーに利用者専用のカードをかざすと、一フロアに十ある参拝室の一室が指定される。参拝室は約四平方メートル。床は大理石張りで、高さ約一メートルの墓石がある。カードに記録された情報が読み取られ、約千個の骨つぼの中から義母の骨つぼが墓石の中に運び込まれると手を合わせる。生花が常に備えられていて、焼香台もある。

この日は義母の月命日。大阪で一人暮らしをしている義父は、約半年ぶりの上京を「孫やひ孫にも会え、みんなで一緒に妻をしのぶことができて、よかった」と喜んだ。

男性がこの納骨堂を知ったのは、三年前に見た新聞の折り込みチラシ。駅から近く、実家と同じ宗派の寺が運営していることもあり、身近に感じた。

以前から、自分たちの墓だけでなく、義父母の墓も気がかりだった。徳島出身の義父は三男。長年、大阪で暮らしているが、墓を購入する予定はなさそうだった。切り出しにくかったが、酒を飲みながら聞いてみた。「墓を買うから、将来は一緒に入りませんか」。義父は「ありがたい」と喜び、当時元気だった義母は「お願いします」と頭を下げた。一つの申し込みで三親等まで入れ、兵庫県に住む妻の妹(56)も、入りたいという。

購入費は永代使用料百二十万円と、五十年分の年会費の前払いとして六十万円の計百八十万円。男性夫婦、義父母、妹夫婦で三等分して支払った。五十年後、親族の誰かが年会費を払えば継続利用でき、払う人がいなくなれば、遺骨は合葬墓に移るが、引き続き弔ってもらえる。「自分の墓が将来朽ち果て、存在が忘れ去られる心配はなくなった。肩の荷が下りた」と男性は言う。ただ、兄にはまだ、納骨堂のことは話せていない。

人の暮らし、生き方が昔とは大きく変わり、家族や親族、地域のあり方もさまざまになりました。「縁のカタチ」は随時掲載で、変わりつつある「人と人の縁」をリポートします。今回は長年、故郷を離れた男性を通じて、墓と家族について考えます。 




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