がんステージ4でも働ける 大切なのは職場の信頼関係 がんになっても働き続けたい~西口洋平さん(上)

ある日、がんになったら、今まで続けてきた仕事はどうすべきか――。今、がん患者の3人に1人が働く世代(15~64歳)といわれている。しかし、告知された患者が慌てて離職したり、雇用する企業が患者の対応に困惑し、うまく就労支援できなかったりすることが少なくない。自身もがんになったライター・福島恵美が、がんと診断されても希望を持って働き続けるためのヒントを、患者らに聞いていく。

第2回は、仕事とがんの治療を続けながら、子どもを持つがん患者のつながる場をつくっている一般社団法人キャンサーペアレンツ代表理事の西口洋平さんに、自身の働き方を伺った。

■35歳のときにステージ4の胆管がんと診断

――最初に西口さんが、がんと告知されたときの状況をお聞かせいただけますか。

僕は大学卒業後に人材サービス会社のエン・ジャパンに入社したのですが、がんになったときは関連会社で営業の仕事をしていました。いくら寝ても疲れが取れず、だんだんと下痢が続くようになり、体力が落ちていって…。とにかく下痢を止めたくて病院に行くと、僕の目に黄疸(おうだん)が出ていることに医師が気付きました。その医師は総合病院から派遣されていた人。もともと勤務する総合病院で精密検査ができるように手配してくれました。

その検査の結果、胆管がんと診断され、頭が真っ白になりました。2015年2月のことで35歳のとき。当時、一人娘は小学校に入学する前で、がんになったことをどう伝えればいいのか、途方に暮れました。

しばらくしてから、がんを切除するために開腹手術をすることに。おなかを開けるとがんは腹膜など周囲に転移し、切除することはできませんでした。がんの影響で胆管が詰まり、胆汁が流れにくくなっていたのが下痢の原因だったので、胆管に管を通す処置だけをしました。がんは最も進行しているステージ4との診断でした。その後、抗がん剤治療を開始することなり、最初の数回は入院中に、それ以降は今も外来で抗がん剤治療を続けています。

■仕事の継続には日ごろの信頼関係が大切

――胆管がんになったことを、会社にはどのように伝えたのですか。

3月になってから、まず人事部にメールで相談し、会社近くの喫茶店で人事部長と話をしました。すると、「今どんな状態なの?これからどんな治療をどのくらいの期間でするの?西口君はどうしたいと思っているのかな」と結構淡々と話をしてくれたんです。がんになったと聞いて驚き、感情的に話す人が多い中、初めて冷静に対応してもらえてうれしかったですね。

その人事部長から、「会社の有給休暇以外に健康保険組合にも色々な制度があるから、使えるものを探してみよう」と言われ、仕事と治療が両立できるように考えてもらえて…。4月から抗がん剤治療のために週1回の通院が始まるので、3月末まではその年度の有給休暇の残りを使い、4月はほぼひと月欠勤して会社を休みました。職場復帰したのはゴールデンウイーク前のことです。

僕はたまたま人事部長に相談したことで、会社のどの制度をどう使えばいいかが分かりましたが、ひょっとするとそれは結果オーライだったのかもしれません。かたや、病気をしたときの制度の有無よりも、会社の人たちとの日ごろの信頼関係が大事だと思いました。

例えば、会社の制度が充実していても、病気になった社員と話を受けた上司との関係性が良好でなかったり、日ごろの会社との信頼関係がない場合、助けを求めても理解されにくく、制度のことを教えてくれなかったり、利用させてもらえないかもしれない。病気になることを前提に働いているわけじゃないけれど、「あいつのことなら助けたい」と思ってもらえるような関係を、日ごろからつくっておくことは大切だと思うのです。

■セカンドオピニオンを機にやりたいことをしようと決意

職場復帰してから1年ほどは正社員のままでした。週に1日病院に行くために20日間ある有給休暇を使いながら会社を休み、週4日間勤務しました。体力が戻っていなかったから、残業なしの定時退社。営業時間が圧倒的に少なく、もれなく営業成績が下がりました。有給休暇は半年ぐらいたつとなくなります。病院に行く日は欠勤になるから月給が減り、全体の収入はどんどん減りました。でも、お金を稼ぎたいというより、治療しながら仕事をさせてもらっていることがありがたくて。当然、治療費や生活費は必要ですし、その分を得られればという思いでした。

2016年7月から、アルバイトの契約に変えてもらっています。そもそものきっかけは使っていた2種類の抗がん剤のうち1種類にアレルギーが出て、その薬が投与できなくなったことです。今後の治療をどうするかを主治医と相談しました。僕としては1年間抗がん剤を使ってきたわけだし、転移したがんが小さくなり、このタイミングで手術できるのではないか、という期待があったんです。

主治医の判断は、「手術は難しいかもしれないが、積極的な治療をする病院もあるかもしれない」という感じでセカンドオピニオンを勧めてくれました。この後、2カ所の病院でセカンドオピニオンを受けましたが、「抗がん剤で転移したがんがなくなることは考えにくく、手術をすることには難しい」という結果でした。と同時に、「1年間この治療を受けてきたのはあなたですか。体の状態から考えられないほど元気ですね」とかなり驚かれて。胆管がんのステージ4は、それだけ予後が悪い病気なんです。

がんになってから1年がたち、治療しながら仕事をすることにも慣れてきていて、この日常が続くものだと思っていたところに、「今、元気な状態がすごい」と言われ、今後の見通しに危機感を覚えました。そして、それなら自分のやりたいことにチャレンジできる働き方に変えたいという気持ちに変わったのです。

■仕事と治療と患者のつながりをつくる活動に取り組む

――西口さんのやりたいこととは2016年4月に始めた、子どもを持つがん患者のつながりをつくる、キャンサーペアレンツ(https://cancer-parents.com/)の活動ですね。

僕ががんと診断されたとき、同世代で同じように子どものいる患者さんは周りにいませんでした。どのように仕事に復帰し、がんになってから家族とどうコミュニケーションを取ったのかを知りたいのに、がん患者の実生活についての情報はなかなか得られませんでした。がんの生存率や薬の情報はあるのだけど。僕と同じような立場で悩みを分かち合える人がいないのは孤独でした。

そのような自分の経験から、同世代のがん患者で話ができる場所が必要だと思ったんですね。同じように子どもを持つがん患者の集まりがいいなと。仕事を持っている世代ですから頻繁に集まるのは難しいですし、インターネット上でつながるコミュニティにしました。がんの種類やステージに関わらず、色々ながん患者さんがコメントを書き込んだり、相談したり、励まし合ったりすることができます。検索すれば、がんの種類やステージ、年齢など同じ境遇の人を見つけられます。今、会員は約2400人です(2018年10月現在)。

抗がん剤の1種類が投与できなくなったことに加え、このキャンサーペアレンツの活動に本腰を入れられるように、正社員からシフト制のアルバイトに変えてもらいました。働き方を変える前には、社長に直接会い、「長年お世話になっている会社で働きながら、キャンサーペアレンツにも取り組みたい」と伝えました。「やればいいよ!」と両方できるように応援してもらえ、営業から内勤の人事部に変わったのです。今は仕事に行く日、通院の日、キャンサーペアレンツの活動日に分けて過ごしています。

西口さんのインタビューの後編では、キャンサーペアレンツが取り組むがん患者への調査や親ががんになったときの子どもへの伝え方について伺う。

西口洋平さん

一般社団法人キャンサーペアレンツ代表理事。1979年大阪府生まれ。大学卒業後、エン・ジャパンに入社。2015年に35歳で胆管がんと診断される。同じ世代でがんの悩みを分かち合える人が周囲にいなかったことから、子どもを持つがん患者のためのインターネット交流サイト「キャンサーペアレンツ」を2016年4月に立ち上げ、同年9月に法人化。その活動とエン・ジャパンの仕事をしながら治療を続けている。キャンサーペアレンツは日本経済新聞社の「第1回日経ソーシャルビジネスコンテスト」の特別賞を受賞。




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