<医療>医師も注目「医療用漢方薬」10年で市場1.5倍

医師の処方による「医療用漢方製剤」の市場が伸びている。2007年度におよそ1000億円だった市場規模は17年度には1500億円超に拡大した。医療用医薬品全体に占める割合は1.4%ほどだが、医師が漢方薬を積極的に使い始めたことの表れと言える。なぜ今、漢方薬が医療現場で多く使われるのか。理由を探ろうと、漢方最大手「ツムラ」(本社・東京都港区)の茨城工場(茨城県阿見町)を訪ねた。

◇ここ10年で漢方薬の生産量が倍増

JR東京駅から電車で約1時間。周辺は新興住宅地として知られるJR常磐線のひたち野うしく駅に降り立ち、そこからさらに15分ほど車を走らせると、世界一の青銅製立像として知られる「牛久大仏」(高さ120m)が見えてくる。その足元に広がる東京ドーム3.8個分の広さの敷地の中に、ツムラ茨城工場と漢方記念館、生薬研究所がある。

ツムラの主力事業は、医療機関で処方される医療用漢方製剤の製造だ。売り上げ95%以上を占める。エキス製剤(煎じ薬を濃縮エキスにし、さらに乾燥させて作る顆粒=かりゅう=状の薬)に軟膏(なんこう)1品目を含む全129品目を取り扱っている。このうち茨城工場は41品目の漢方製剤を作っている。

生産量は年々増えており、07年に1131万6000箱だったが、17年には2082万5000箱に倍増した。茨城工場はうち6割を製造、出荷している。

◇明治期に衰退し、1960年代に復権した漢方

ここで漢方の歴史をまとめておこう。漢方とは、中国医学を起源とする日本の伝統医学のこと。中国医学が5~6世紀ごろに日本に伝来し、その後1400年以上かけて日本の気候や風土、日本人の体質に合わせて独自に発展した。起源の中国医学は大陸では「中医学」と呼ばれ、漢方とは別ものとされる。

江戸時代に最も栄えたが、明治時代に入ると国は富国強兵を推進するため、外科技術に優れた西洋医学を重視するようになり、漢方は衰退した。

1960年代に入ると、薬害の発生などにより“西洋薬一辺倒”を心配する声が高まり、漢方が復権する。67年に漢方エキス製剤が保険診療に適用され、76年に処方数が大幅に増えた。現在は保険適用だけで148処方あり、多くの病気や症状に対応するようになった。

2001年には、文部科学省が医学生の卒業時の到達目標を示した「医学教育モデル・コア・カリキュラム」に「和漢薬の概説」が加えられ、04年には全国80の大学医学部・医科大学で漢方医学教育が実施されるようになった。

11年に日本漢方生薬製剤協会が実施した調査によれば、89%の医師が漢方製剤を処方したと回答した。漢方薬を処方する主な理由は「西洋薬では効果がなかった症例で、漢方が有効と認められた」との回答が56.6%で最も多く、次いで▽患者からの要望(42.8%)▽学会でエビデンス(科学的根拠)が報告された(34.1%)--だった。

◇漢方薬にも副作用はある

一方、1996年には、慢性肝炎などの治療に使われる「小柴胡湯(しょうさいことう)」の副作用から、肺胞の壁に炎症や損傷が生じる難治性の「間質性肺炎」を88人が発症、うち10人が死亡したことが明らかになった。「漢方薬にも副作用はある」ことが医療現場で十分に認識されていなかったためだ。安全性を不安視する声が広がり、一時は医療用漢方製剤全体の売り上げが低迷した。

ツムラは2004年度から、西洋薬による治療が難しい病気に効果のある漢方薬を選んで臨床試験を繰り返し、エビデンスを確立する「育薬」の取り組みを続けている。現在は全129品目の中から▽大建中湯(だいけんちゅうとう)▽六君子湯(りっくんしとう)▽抑肝散(よくかんさん)▽牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)▽半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)--の五つを育薬の対象とし、エビデンス確立に向けた研究を進めている。

◇最も多く処方されているのは大建中湯、抑肝散

ツムラの医療用漢方製剤の中で、何がよく使われているのか。18年3月期の決算報告書によれば、もっとも売り上げが多いのは大建中湯だった。大建中湯には消化管運動を活発にし、腸管血流の増加や抗炎症などの作用があり、おなかが冷えて痛み、腹部膨満感(おなかの張り)がある場合に使われる。漢方記念館の館長、田村素子さんによると、最近は開腹手術後に腸の癒着を防ぐ目的でも処方され、全国の大学病院で使われているという。

次に多いのが抑肝散。イライラや感情の高ぶりを抑える働きがあり、不眠症や子供の夜泣き、かんしゃくに対応する薬として知られている。近年は認知症における抑うつ、幻覚、妄想、睡眠障害、徘徊(はいかい)などの「行動・心理症状(BPSD)」に効果があることがわかり、治療ガイドラインにも掲載された。特に不眠や怒り、不安、焦燥感などの症状がある人に用いられる。

また、疲労感があり、食欲がない場合や病後の体力回復に処方される補中益気湯(ほちゅうえっきとう)▽胃もたれや吐き気など胃の不調に使われる六君子湯▽こむら返り(ふくらはぎのけいれん)の薬として知られる芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)--も多く使われているという。

このうち六君子湯は、胸やおなかに不快な症状が続く「機能性ディスペプシア(FD)」や、「胃食道逆流症(GERD)」に伴う上腹部の不定愁訴、食欲不振などの症状に対して処方されるようになっている。食欲を増進させるホルモン「グレリン」の分泌を増やす作用があることが分かったためだ。

◇がん治療の副作用軽減を目指す研究も

がん治療の分野でも積極的に使われ始めている。牛車腎気丸は、抗がん剤投与に伴う末梢神経のしびれ、痛み、冷感症状を、半夏瀉心湯は抗がん剤や放射線療法に伴う下痢、口内炎症状を軽減する目的で研究が進んでいる。

15年には、化学療法中の口内炎に対する半夏瀉心湯の有効性を示唆する研究論文が発表された。六君子湯も、抗がん剤による悪心や食欲不振に効果があると考えられ、エビデンス構築に向けて臨床研究が進んでいる。

白衣を着て工場内に足を踏み入れると、一気に漢方独特のにおいに包まれた。工場内にある生薬倉庫には窓がなく、空調は15度以下、湿度60%以下に保たれている。ツムラは原料となる生薬のおよそ8割を中国で調達しており、同社の品質基準をクリアした生薬だけが日々茨城工場に運ばれてくる。

工場では生薬を切断後、各処方の決まった構成にしたがって秤量(ひょうりょう)、調合、抽出を行い、遠心分離機で濃縮液と残さに分けられる。濃縮液は高さ約12mあるスプレードライヤーで粉末状に。さらに服用しやすいように顆粒状にして包装される。残さは火力発電所の燃料などとして100%有効利用されているという。

がん治療や認知症への漢方薬の効果が注目される中、それを裏付ける科学的データの集積は、さらに患者に役立つ薬効や成分発見につながるだろう。田村さんは「今後もさらにエビデンスを積み重ねたい」と話していた。




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