新幹線殺傷事件は、もはや「想定外」ではない 事件の4日前に訓練を行っていたのだが…

6月9日、新横浜―小田原間を走行中の東海道新幹線「のぞみ265号」で刃物を持った男が突然乗客に切りつけ、男性1人が死亡、女性2人が重傷を負うという事件が起きた。

約3年前の2015年6月30日には、やはり新横浜―小田原間で起きた「のぞみ225号」車内の焼身自殺事件で、巻き添えとなった女性が死亡している。悲劇は繰り返された。

JR東海は「乗車中のお客様が死傷に至る列車事故ゼロを継続している」として高い安全性をアピールしている。しかし、いくら列車運行の安全性を高めたところで、このように焼身自殺や殺傷事件が繰り返されると、新幹線の信頼性が損なわれかねない。

刃物トラブルは2年前にも起きていた

JR東海はセキュリティ対策として、客室やデッキ部への防犯カメラ設置を進めている。昨年12月には全編成の9割に相当するN700Aタイプへの設置が完了した。カメラ未設置の700系は2019年度末までに引退が決まっているので、2020年春には全編成で防犯カメラが設置されることになる。

JR東海は「犯罪や不審行為への抑止力の向上につながる」(同社広報部)と期待しているが、事件の起きた客室内にも防犯カメラは設置されていた。残念ながら防犯カメラを設置してあるだけでは犯罪の抑止には限界があると言わざるを得ない。

駅に置かれた不審物の処理、駅で刃物を持って暴れている不審者の取り押さえといった訓練については、これまでもJR東海は警察や消防と協力しながら実施してきた。さらに最近では、駅だけでなく、車内での不審者対応についても訓練が行われている。

あまりメディアで報道されることはなかったが、2016年5月16日、静岡県内を走行中の東海道新幹線「のぞみ38号」の車内で、巡回中の女性車掌が包丁を所持している男を発見し、取り押さえる際に軽傷を負う事件が発生した。

この事故を契機に、車内の不審者に対応する訓練をJR東海では開始している。「乗務員は携帯しているかばんや座席シートから外した着座部分を使って、相手と距離をとりながら防御する」(同社広報部)という。

今回の事件でも、乗務員が座席から外したシートを近くの乗客に渡したとの報道があり、訓練は確実に役立ったといえそうだ。ただ、そもそも乗務員は警察官や警備員のように格闘技や護身術に長けているわけではないので、やはりその効果は限定的なものだ。

しかも、JR東海では、新型携帯端末の導入で車掌による車内業務が効率化されたことを理由に、今年3月から乗車する車掌の人員を3人から2人に削減していた。2人のパーサー(車内販売員)の役割を広げることで「異常時対応力はむしろ向上する」(同社広報部)というのだが、列車故障時の避難誘導のような業務ならともかく、乗客から不審者と対峙するようなことを期待されても、それはパーサーには無理だろう。

JR東海は、「車掌乗り組み数の見直しと同時に、車内巡回の重点区間には柔軟に乗務員を増やす」(広報部)としている。しばらくは、乗務員を多めに乗車させる必要があるかもしれない。

大がかりな訓練も行っているが…

実は、今回の殺傷事件が起きるわずか4日前にJR東海は大がかりな訓練を行っていた。営業運転が終わった後の6月5日深夜、本線を使った異常時対応訓練を行うためだ。車両故障により上り線を走っていた列車がトンネル内で停止、早期に運転再開ができないため、下り線で駆け付けた救援列車に乗客を誘導するという内容だ。

この訓練には、関連会社やJR他社も含め317人が参加した。車内で異音、異臭が発生したとの想定で、列車停止後は台車点検を行った。これは、昨年12月に起きた新幹線「のぞみ34号」の台車亀裂トラブルを想定した訓練とみられる。

JR東海は毎年テーマを設定して、訓練を実施している。テロ、自然災害、車両故障ーー。予告なしに襲う突然のトラブルを高速で走る新幹線はどう対処するか。新幹線開業以来半世紀にわたってさまざまな対策・訓練を講じており、それによってトラブル時の対応能力を高めてきたことは間違いない。

しかし、それでも「想定外」のトラブルは起こりうる。新幹線鉄道事業本部運輸営業部の辻村厚部長は「たとえ想定外の事態が起きたとしても、乗客の安全が最優先という基本姿勢は変わらない」と断言する。

JR東海は確固たる手だてを講じるべき

列車運行に伴う、つまりJR東海に責任が生じるようなトラブルについては、「想定外」の事態が起きても乗務員の咄嗟の判断で乗客の安全が確保できるだけのノウハウが蓄積されつつある。しかし、意図的に引き起こされるテロ行為などの「想定外」を現状の対策でどこまで防ぎきれるか。

防犯カメラの設置といった受け身的な対策では防ぎきれないし、乗務員の対応に委ねるのも限界がある。各列車に専門的な訓練を受けた警備員を常駐させることが必要になるかもしれない。あるいはスムーズな乗車が損なわれることを覚悟のうえで、改札時の手荷物検査を導入する必要があるかもしれない。

もはやテロ行為は「想定外」の事態とはいえない。現実に繰り返されている危機を前に、JR東海は確固たる手だてを講じるべきだろう。

著者:大坂 直樹




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