なぜ老舗同士がトラブル? ~ 京菓子「八ツ橋」騒動

・京和菓子「八ツ橋」を巡る訴訟騒ぎ

6月4日、「井筒八ッ橋本舗」(京都市)が、「聖護院八ッ橋総本店」(京都市)を不正競争防止法に基づいて訴訟を京都地方裁判所に起こした。「井筒八ッ橋本舗」は1805年創業。「聖護院八ッ橋総本店」は1689年創業。両社とも、京都の老舗和菓子店であり、訴訟騒ぎは注目を集めている。

・和菓子の発祥についての論争

「井筒八ッ橋本舗」の主張は、「聖護院八ッ橋総本店」が約10年ほど前から、ホームページなどで「創業元禄二年」(1689年)と記載し、「検校没後四年後の元禄二年、琴に似せた干菓子を「八ッ橋」と名付け、黒谷参道にあたる聖護院の森の茶店にて、販売し始めました。 現在の当社本店の場所にあたります。以来、三百二十年余りに渡り、当社は八ッ橋を製造し続けています」などと掲載し、最初に八ツ橋を創作したかのように宣伝することで、「井筒八ッ橋本舗」の信用を傷つけたとしている。訴訟では、こうした表記の差し止めと損害賠償として600万円の支払いを求めている。

・組合内でも対立

八ツ橋は、観光客の40%が購入すると京都市の調査(*1)でも示されている通り、売り上げ規模も100億円を超す、まさに京都を代表する和菓子の一つである。

京都を訪れると多くの八ツ橋屋があることに気づく。清水寺に続く参道には複数の八ツ橋屋が軒を連ね、観光客を呼び込む声が賑やかだ。現在、京都市内で八ツ橋を製造販売しているのは「井筒八ッ橋本舗」と「聖護院八ッ橋総本店」を含め、15社あり、京都八ツ橋商工業協同組合(*2)に加盟している。

今回の訴訟騒ぎには伏線があった。2017年5月に、京都八ツ橋商工業協同組合が「聖護院八ッ橋総本店」に対して、今回と同様の「根拠のない表示」の中止を求めて、京都簡易裁判所に調停を申し立てた。しかし、「聖護院八ッ橋総本店」が「民事紛争に該当しない」と主張し、調停は不成立となっている。そのため、今回の「井筒八ッ橋本舗」はこうした流れに決着をつけるために訴訟に持ち込んだ。組合内部での「聖護院八ッ橋総本店」のここ10年ほどの積極的な宣伝手法に対する反発が続いていたことが背景にある。

・元祖論争は不毛な争い

こうした元祖論争は、全国各地の食品でしばしば見られるものだ。競合する二社が対立する事例は、古今東西に見られる。しかし、八ツ橋のように多くの生産者が長らく製造販売を行っている場合は、その団体の内部で調整が行われていることが多い。

実は、歴史の長い食品に関しては、その元祖がはっきりしないケースが大半だ。地元全体が、「これが発祥の歴史だ」とまとまっていても、歴史的につじつまが合わなかったり、はっきりと「後世のねつ造」であると判っているものも多い。どちらかと言うと、「言った者勝ち」的な要素が多いのも確かだ。

実は、この八ツ橋の起源に関しても、大きく分類しても3つある。そして、その起源に違いはあっても、元禄年間(1600年代終盤)に原型になるものが作られ、現在に近い形で売り出されたのは、享保年間(1700年代前半)からだという点だけは共通してきた。また、八ツ橋と類似の菓子は、愛知県名古屋市熱田で「つくばね」という名称で天明年間(1700年代終盤)に売りに出されており、さらに知立市や岡崎市にも同様の菓子があった。これらは三河地方に残されている「八つ橋伝説」との関連性があるとする説と符合する。(*3)

しかし、いずれにしても確たる証拠が存在する訳ではなく、定説は存在しない。

・「あ・うんの呼吸」が合わなくなってきたか

経営者同士の「あ・うんの呼吸」による調整が、継続できなくなっているのかも知れない。特に、老舗企業の場合、縮小する既存市場から新たな市場を求めて、商品だけではなく、企業そのもののリ・ブランディング(ブランド再生)が必要となっている。

自社の商品構成や戦略など既存の枠組みを破壊し、新たな枠組みを構築することにもつながるが、ともすればそうした動きは周囲の「あ・うんの呼吸」で調整されてきた環境に大きな影響を及ぼすこともある。業界全体が大きく変革する良いきっかけになる場合もある。

・不毛な争いを避けるためには

しかし、こうした確たる証拠がなく、諸説伝えられているもので、元祖論争が起こると不毛な争いとなり、企業間や個人間の対立構造が前面に出てしまうために、観光産業などではマイナスの効果が大きくなることが多い。

国際化の中での意匠権や登録商標など知的財産権の確立や、地理的表示(GI)保護制度の確立など、従来の「あ・うんの呼吸」では処理しきれない状況に、企業も業界団体も追い詰められていることも確かだ。多くの経営者が、自社や商品の歴史性や独自性などが高い付加価値を得る「財産」となることに気が付き始めている。うかうかしていれば、全く関係のない第三者に奪われてしまう恐れがあることは、数々の事例が警告している。

厳しさを増す経営環境の中で、「自社こそが」と主張したくなる気持ちも、意図も理解しないでもない。「最古の」というキャッチワードは、増加する外国人観光客誘致には、非常に大きな効果を持つ。経営者にとっては魅力的である。

もちろん知的財産権の確立や、地理的表示(GI)保護制度の確立といった面は、議論を極め、徹底的に実施すべきである。しかし、諸説あるような元祖論争に無駄な労力をつぎ込み、対立を激化させて、全体のイメージを低下させてしまうことほど無意味なことはない。

仲間内での不毛な争いは避けるべきである。「漁夫の利」をわざわざ作り出す必要もない。感情的な対立も原因に含まれているだろう。しかし、たかがお菓子、されどお菓子。国際観光都市京都にとってみれば、看過できることではないだろう。ここまで来たら、利害関係のない行政や地元財界団体などが、積極的に調整、収拾に乗り出すことも検討すべきではないのか。

中村智彦
神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空株式会社、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。総務省地域力創造アドバイザー、愛知県愛知ブランド審査委員、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担っている。




https://news.yahoo.co.jp/byline/nakamuratomohiko/20180606-00086094/