ひきこもる50代と80代の親に迫る共倒れの危機 愛知教育大学准教授 川北稔

ひきこもりが長期に及び40~50代になると、親も70~80代以上の高齢になり、介護が必要になったり、生活が困窮したりする。「8050問題」と呼ばれ、親子ともに社会から孤立し、「共倒れ」になるリスクがある。なぜ、行政の支援が行き届かないのか。愛知教育大学准教授の川北稔氏に解説してもらった。

息子が気がかりで死ねない

千葉県内で年金暮らしをする女性は今年、傘寿(80歳)を迎えた。

「あと数年の命とは思っていますが、働かずに一日中家にこもっている息子のことが気がかりで、このままでは死ねない」

46歳の次男が自宅にひきこもるようになったのは、もう20年以上前のことだ。都内の有名私立大に通っていた次男は、就職活動でつまずいた。

テレビ局や大手広告代理店など20社以上の採用試験を受けたが、どこも不採用となった。次男は不本意ながら、内定を得た中堅証券会社に入社。数年勤めたが、ある日、突然会社を辞めてしまった。

「『もう会社には行かない』と言ったきり、息子は部屋にひきこもるようになった」

しばらくして、転職活動をしたり、コンビニ店でアルバイトをしたりしたこともあったが、長続きしなかった。

女性は昨年、大腸にがんが見つかった。今後、入院や介護が必要になったら、親子の生活はどうなってしまうのだろう。せめて、定職に就いてほしいと次男を諭すこともある。

「資格も経験もない40代の中年男を雇ってくれる会社なんてあるわけないだろ」

次男が不機嫌に言い放つと、親子はそれっきり口をつぐんでしまうという。

実家を頼る中年ひきこもり

「介護が必要な高齢者の家庭を訪問したら、無職の中年の子どもに出会った」

各地の民生委員から、こんな報告が相次ぐようになった。

高齢の親と未婚の子どもが同居する家族が、社会から孤立したり、生活に困窮したりするケースが問題になっている。最高齢の層は、親が80代、子が50代に達することから「8050問題」とも呼ばれている。

従来、ひきこもりといえば、若者の問題と考えられてきた。しかし、仕事や親の介護をきっかけに、中年の子どもがひきこもっている例が各地の調査で知られるようになった。

「不安定な職を転々とした末に、いつしか就職活動をせず家から出なくなった」

「親の介護をきっかけに離職したが、いつの間にか社会に出ることを怖く感じるようになった」

これらは単に個人的な出来事ではない。実家暮らしの大人や、社会に出づらいと感じる人が増えていることには社会的な背景がある。

1990年代以降、若者(20~24歳)の失業率が10%に迫る年も見られ、就職活動が思うようにいかないなどの理由で、フリーターなどの非正規雇用の人が増えた。この時期に就職期を迎え、不況の影響を直接受けた「氷河期世代」は、現在の30代後半~40代の人に重なる。

経済的基盤の弱い40代

40代の世帯主の場合、世帯の平均所得は1995年に約753万円だったのが、2015年に約687万円に減っている(「国民生活基礎調査」より)。こうした経済事情の影響も受けて未婚率が上がり続け、2015年には男性で23%、女性で14%の人が生涯未婚であるとされている(「人口統計資料集」より)。

親世代に比べて、子ども世代の雇用情勢が不安定になり、個人の経済的な基盤が弱い。それが、なかなか独立できず、実家に頼らざるを得ない事情だと考えられる。

一方、行政のひきこもり対策は、およそ39歳までを対象にしている。内閣府が2016年に公表した調査は、この年齢までに対象を限定したことが批判を招いた。

内閣府は改めて40代以上に対象を広げ、調査を実施することにしたが、ひきこもりの実態を正確に把握することは難しい。

親と同居が目立つ未婚者

厚生労働省は「ひきこもり」を、「仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6か月以上続けて自宅に引きこもっている状態」と定義している。

これまで2回実施された内閣府の調査では、数千人の対象者の中から「ひきこもり」の定義に該当する人が40~60人発見された。

こうした数字を基に「70万人」や「54万人」という全国推計が発表されてきたが、該当者のわずかな変化で推計値が動くため、人数の確定は難しい。

2016年に発表された調査結果では、「過去にひきこもったことがある」という人も5.1%いることが明らかになり、ひきこもりという状態自体が流動的であることも示された。

一方で、国勢調査からは世帯構造の急激な変化が読み取れる。

40~50代の親同居の未婚者は1995年に113万人だったが、2015年には3倍の340万人に増えた。未婚の単身者は、121万人から227万人に増加。未婚者が親と同居するケースが目立つ。

中でも、就業していない未婚の親同居者が増える傾向にあり、15年には約77万人に上った【図1】。結婚せず、親元で暮らす未婚者は確実に増えており、「7040」「8050」に該当する世帯も増えている【図2】。

親と同居する未婚者が必ずしも問題を抱えているわけではないが、こうした世帯が孤立や困窮に陥る潜在的なリスクがあると言える。

2015年、奈良県内の民家で女性(当時81歳)の遺体が見つかる事件があった。栄養失調による衰弱死だった。同居していた一人息子(同56歳)は母親を放置したとして保護責任者遺棄致死の罪などに問われた。息子は働かず、母親の年金と貯金を頼りに食いつないでいたという。荒れ果てた自宅は「ごみ屋敷」と呼ばれ、周囲から孤立していた。

なぜ、困窮していた親子に支援の手が差し伸べられなかったのか。

家族が支えているから安心?

「8050問題」を巡っては、単身者と違って「家族が支えているから安心」とみなされ、地域の見守りの対象になりにくい。

その結果、高齢の親が、または親子双方が亡くなって発見される悲しい事件も各地で報道されている。家族自らが相談するまでには、いくつかの壁がある。

私たちが取りまとめた調査結果では、次のような事情が明らかになった。

「いつか働くのではと思って、静観しているうちに時間が過ぎてしまった」

「本人からの反発や暴力を恐れて、だれにも相談できなかった」

「ひきこもりに無理解な担当者が、親や本人を責めるだけで解決策を示してくれなかった」

切実なSOSのサインが届かなかった例も珍しくない。(2016年度厚生労働省社会福祉推進事業の調査結果から)。

問題を「ひきこもり」と思っていない

従来のひきこもり対策は、就労につながりそうな人を優先する傾向があった。しかし、いきなり就労を目標にするには無理があるケースも多い。

また、ひきこもり支援といっても、ひきこもり解消は家庭の中で一番難しい課題である。ひきこもることを問題視するだけでは、本人は存在や人格を否定されているように感じて身構えてしまうだろう。

「本丸」のひきこもり問題の解決を最初から目指すのではなく、むしろ家族の中の様々な困りごとに取り組むことが解決の糸口になるのではないか。

現在、自治体が開設する生活困窮者の相談窓口(自立相談支援窓口)では、「従来の縦割り的な捉え方を越えた、複合的な困難を抱える人への包括的な支援」が始まっている。

相談者が「生活困窮者の相談窓口」にたどり着いたきっかけの多くは、民生委員や生活保護を担当する福祉事務所に相談したことだ。背景には、家族の経済的な困窮がうかがわれる。高齢者の介護を担当するケアマネジャーや地域包括支援センターから紹介される例も多い。

つまり、「若者支援」や「心の健康相談」ではなく、家族全体の経済苦や介護といった問題が「中年ひきこもり」発見のきっかけになっている。

家族や本人も、「子どもがずっと家にいる」「(40代の子どもを支えるために)年金生活では苦しい」というように捉えており、問題を「ひきこもり」とは思っていないことも多いのだ。

家族全体を対象にした支援の充実

「ひきこもり」という言葉や相談窓口が予想外に浸透していない結果でもある。

しかし、逆に考えれば「くらしと仕事の相談」といった幅広い入り口から、相談を始めることができるわけである。実際に困窮者の相談窓口では介護をはじめとする家族の生活ニーズから本人にアプローチしている。

「両親の介護をきっかけに、(ひきこもり)本人の支援も開始した」

「フードバンクの食料支援から、両親が亡くなった(ひきこもり)本人と接点ができた」

「飼っている猫のために病院を探したことで信頼関係が作れた」

( 2017年度厚生労働省社会福祉推進事業の調査結果より )

「ひきこもり」という捉え方や、ひきこもりの解消にこだわる必要はなく、まずは家族の社会的な孤立が深刻化しないように相談の糸口をつかみたい。

人生100年時代といわれる。親子が孤立し、共倒れするまで支えあうのではなく、なるべく早く問題を外部の人に知ってもらい、支援を開始することが必要だ。狭い意味での若者支援、ひきこもり支援に限らず、家族全体を対象にした積極的な支援の充実が望まれる。




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