白血病の薬代払えず「余命3カ月」 生活保護が救った命

白血病を患い、生活の困窮により高額の薬代を払えず「余命3カ月」を宣告され、移植で一命を取り留めた福井県福井市の男性(38)が、福井新聞の取材に対し、当時の思いなどを語り「生活保護など社会のセーフティーネットをしっかり理解し活用することが大事」と訴えた。元気を取り戻した今は、ファイナンシャルプランナーになって金銭的に困っている患者を救いたいと夢を抱く。

■1日1万2千円

男性の英二さん=仮名=は2009年、30歳のとき、体がだるく眠い状態が続き病院に行った。慢性骨髄性白血病だった。1カ月ほど入院し、その後は薬を飲み続けた。保険を適用しても1錠3千円。1日4錠服用した。

自己負担を軽減する高額療養費制度はあったが、当時は数カ月後に払い戻されるシステムだった。いったん全額を支払う必要があったがお金がなく、いろいろな薬局を回って“つけ”で購入した。

ほどなく支払いは滞り、薬局回りもできなくなった。1錠を半分に割って飲んだり、間引いて飲んだりしたが、結局1年ほどで薬をあきらめた。2013年12月、雨に打たれ熱っぽくなったので病院に行くと、医師から「余命3カ月。来年のサクラは見られないでしょう」と告げられた。

全日本民主医療機関連合会の16年の調査によると、医療費が払えず受診が遅れ亡くなった人は、福井県など28都道府県で58人に上った。

病院のスタッフはその日のうちに、薬代が無料になる生活保護の書類を持ってきた。「生活保護を受けたら人生の終わり」と思い込み、これまで何度も断ってきたが、どうしようもなくなり申請。無菌室での抗がん剤治療が始まった。

死を覚悟し、家族に遺書も書いた。「命を削っても会いたい人には会う」と決めた。翌年5月までの入院期間に面会したのは、同級生や大好きな音楽仲間ら延べ150人。「友達がいなかったら、今の僕はいなかった。生きようという気力が続かなかっただろう」と振り返る。

一通り治療が終わると、医師から(1)骨髄移植(2)抗がん剤治療の継続(3)治療をやめる―の選択を迫られた。結局、父親の血液から造血幹細胞を採取し、点滴で注入する移植を、県外の病院で受けた。

現在は4週間に1回通院し薬を飲みながら、知り合いの鉄工所でパート勤務している。体力は回復したが、死の恐怖で眠れぬ夜を過ごした記憶がよみがえることもあり、睡眠導入剤は今も欠かせない。

■寄り添っているか

治療を通して「病院は塾と同じ」と感じた。行かなきゃ何も教えてくれない。予約の日に行かなくても、催促があるわけでもない。「一人一人の患者に寄り添う医療になっているだろうか」という疑問は今もある。

生活保護では、自治体同士の受け渡しに不備があった。県外の病院から福井に戻るための引っ越し代を、自腹で出すように言われたが、弁護士の無料相談を受け解決した。

英二さんは「社会にはいろんな支援制度がある。生活保護一つとっても交通費支給とか家の修理とか、メニューはいっぱい。自分で制度を勉強して、病に立ち向かっていくしかない」と話す。

一方で、以前の自分のように、制度の詳しい内容を知らずに泣いている人は多いとも思う。「貧乏だから死を迎えてしまうという現実がある。だからファイナンシャルプランナーの資格を取り、患者と役所、病院のパイプ役になりたい」と話す。




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