若くても油断できない――毛細血管が消えていく「ゴースト血管」のリスク

加齢や生活習慣の乱れなどをきっかけに、全身の毛細血管が血液の通らない管だけになってしまう――そんな「ゴースト血管」が注目されている。放置すれば毛細血管そのものが消滅し、酸素と栄養が全身に行きわたらなくなる恐れがある。そのため、ゴースト血管は肌のシワやたるみ、骨粗しょう症、肝臓や腎臓の機能低下、さらには認知症など、深刻な病にもつながるという。私たちの若さと健康をむしばむ、ゴースト血管の危険性、そしてその対策を追った。

「お客さまから、肌が内側から衰えていくという実感が寄せられていました。肌を根本からケアしたいという要望に応えるため、以前から毛細血管に着目してきました」

横浜市都筑区にある、資生堂リサーチセンターで、研究員の加治屋健太朗さんが説明する。ヘアケア製品「TSUBAKI」やメイクアップ製品「マキアージュ」といったヒット商品を生んだこの研究所では、肌と毛細血管の関係について20年間にわたり基礎研究が進められてきた。

資生堂では、1万人以上の顔面をモニタリングして研究を重ね、2016年には頬や目じりの毛細血管を世界で初めて3Dで表すことに成功した。

「50代以降の顔の毛細血管の数は、10~40代と比べ4割も減ります」と加治屋さんは言う。「例えば目じりの毛細血管なら、平均すると70代では30代の半分になります。その結果、シワやたるみが発生します」

毛細血管にアプローチする知見とそれに基づく薬剤は、資生堂の化粧品やサプリメントに既に導入されており、今後も商品化や用途が拡大していく見込みだ。資生堂以外にも、加齢関連疾患の治療法を研究する慶応大学医学部の百寿総合研究センターが、長寿と毛細血管の関係について調査を始めるなど、毛細血管と健康の関係に着目する企業や研究の事例は増えている。

人間の血管のうち95〜99%を占めるといわれる毛細血管は、約37兆個と言われる細胞すべてに酸素や栄養を届ける役割を持つ。毛細血管には小さな隙間が開いており、そこから血液が微量ずつ漏れることで周囲の細胞に酸素や栄養を届ける仕組みだ。毛細血管が、全身の細胞にとっての「栄養配送網」を担っている。そのため、ゴースト血管になると、その周辺の細胞に酸素や栄養が届かず、問題が発生する。

血管研究の権威である大阪大学微生物病研究所の髙倉伸幸教授はこう説明する。

「毛細血管自身も、血液が流れ続けることでみずみずしい状態を保ち、健全な状態を維持しています。ところが何らかの原因で血管構造が破綻すると、血管網の途中で血液成分が漏れすぎてしまい、末端まで届かなくなる。その状態が続くと毛細血管はボロボロになっていき、最終的に消失してしまうのです」

髙倉教授は、血液が流れなくなり消えていく毛細血管のことを、まるで幽霊のように消えてしまうさまから「ゴースト血管」と名づけた。何が原因で発生するのか。

「ゴースト血管の発生は、加齢も原因の一つではありますが、生活習慣が大きく影響します。睡眠不足や糖分・脂肪分の過剰摂取など偏った食生活といった不摂生が重なると、毛細血管はもろくなり、ゴースト血管が発生しやすくなります。肌の場合、浴びた紫外線量が増えると毛細血管の減少は加速します」

毛細血管が消失すれば、周辺の細胞への栄養配送網もカットされる。供給を失った細胞は当然衰える。さらに、そうした細胞で構成される臓器は劣化していく、というスパイラルに陥る。

「ゴースト血管は、放置すると美容だけでなく健康にも悪影響を及ぼします。肌で起きればシワやたるみに、肝臓で起きると肝機能が低下、骨で起きると骨粗しょう症の原因になります」

ゴースト血管の影響は、脳にも及ぶ。

神経内科医であり、認知症を専門とする冨本秀和・三重大学教授は「脳は非常に豊富な血流を必要とする場所で、身体に取り込んだ酸素の2割を消費します。最も毛細血管が重要な臓器です」と言う。

冨本教授らの2007年の研究で、アルツハイマー病患者の脳では健常者と比べ、29%も毛細血管が減少していることが分かった。「毛細血管は、アルツハイマー病の原因物質となる『アミロイドβ』を回収する通り道としての役割を持っていると考えられています。その道が減ることで、脳にアミロイドβが蓄積しやすくなり、アルツハイマー病の進行が速まるのではないでしょうか」

脳の組織に血液が行きわたらないことで現れる「白質病変」も、ゴースト血管が原因だと考えられている。白質病変は、認知症患者の脳に見られる病変の一つだ。愛媛大学が2015年に行った研究では、白質病変がある患者には軽度認知障害のリスクが倍増することが分かっている。

「白質病変が重篤なほど、軽度認知障害のリスクは上がります」と、愛媛大学医学部附属病院抗加齢・予防医療センターの伊賀瀬道也センター長は指摘する。「59歳から75歳までの1400人を調査した結果、約6割から白質病変が見つかりました。かなり多くの方が、脳にゴースト血管を抱えている可能性があります」

「骨の丈夫さ」もゴースト血管と無縁ではない。

「骨は硬くて変化していないと思われがちですが、日々古い骨が壊され、新しい骨に作り替えられています。その『作り替え』に必要な材料を骨に運ぶのが毛細血管。ゴースト化のダメージが大きな場所と言えます」

こう語るのは、血管研究の世界的権威で、骨と毛細血管の関係を研究しているラルフ・アダムス博士(独マックスプランク研究所)だ。「ゴースト血管は、骨がもろくなる骨粗しょう症も招きます。骨粗しょう症は寝たきりの大きな原因になっていますから、特に影響は深刻です」

「ゴースト血管は自覚症状がなく、あってもせいぜい冷え性くらいのもの。さまざまな臓器での『異変』を感じたときには、かなり症状が進んでしまっている可能性が高い」(髙倉教授)という。

実際にどのくらい「潜在患者」がいるのか。今回、高倉教授の監修で調査した。

20代から70代までの男女200人の被験者の協力で、毛細血管の状況を検査。手の指先の毛細血管を専門の機器で解析することで、被験者の毛細血管の様子を数値解析した。

その結果、200人中21名が「ゴースト血管の危険あり」と判定された。どの世代にも満遍なく「ゴースト血管持ち」が確認され、20代でも70代より毛細血管の状態が悪い被験者がいた。

「一般的に、少なくともおよそ1割から2割の人がゴースト血管の危険ありだと考えています」と、髙倉教授は言う。「若いからといって油断はできません。早期のゴースト血管化は、老化を早め、重篤な病気にかかりやすくなるリスクを高める恐れがあります」

世代間で差があまりなく、若い世代にもリスク大の被験者がいたのは、「生活習慣の乱れ、不摂生が原因でしょう」と髙倉教授はみる。

「たとえば睡眠時間。毛細血管は睡眠中に修復されますから、睡眠時間が短いと十分に修復されず、『漏れ』が多くなり、ゴースト血管につながります」

食生活の乱れも影響が大きい。循環器内科学や女性医療が専門の金沢医科大学の赤澤純代准教授は言う。

「特に大きいと考えているのは『大食い』です。過剰な糖を摂取した際に体内で生成される成分が、血管の細胞を傷つけ、『漏れ』を加速させてしまいます。その結果、ゴースト血管が進行するのです」

年齢に関係なく忍び寄ってくるゴースト血管。今回、赤澤准教授の協力を得て、ゴースト血管のリスクを簡易的に調べることができるチェックテストも用意した。

このチェックテストで「リスクあり」と出たらどうすればいいのだろうか。基本的な対策は、「血流アップ」を心がけること。血流を上げると、管だけになった毛細血管に再び血液が通うようになる。また、毛細血管の内側の細胞同士の結びつきが強くなり、血液成分が漏れにくい、つまりゴースト化しにくい血管を作ることができる。

血流アップに効果的かつ手軽な方法として、高倉教授が勧めるのは「スキップ」だ。「第2の心臓と呼ばれるふくらはぎを鍛えることで、全身の血流が上がります」

スキップができない場合は、その場でかかとの上げ下ろしをするだけでも効果がある。「それでも難しいなら、腹式呼吸による深呼吸をお勧めします。深呼吸でも血流は上がります」

毛細血管を「いたわる」食事もある。特に効果を期待できるのは、シナモンだ。「シナモンに含まれる物質が毛細血管の細胞の接着力を上げ、『漏れ』を防ぐ働きにつながります」と、赤澤准教授は言う。スパイスの一つであるヒハツやルイボスティーなども、シナモンと同様の効果があるという。

生活習慣や食生活の改善で、ゴースト血管の進行は食い止められる可能性がある。健康のバロメーターにもなる毛細血管の状態を良好に保つために、ゴースト化しない生活スタイルを心がけたい。髙倉教授はこう警鐘を鳴らす。

「毛細血管は消えてゴースト化しやすい半面、すぐに血流を通せば復活させられます。しかし、いったん毛細血管が消えてしまうと、新しく作ることは非常に難しい。ゴースト化から消滅までのタイムリミットは正確には分かっていませんが、とにかく早めに対策を取らなければいけません」




https://news.yahoo.co.jp/feature/933