どうすれば安全安心 認知症への備え「家族信託」とは 財産管理、元気なうちに託す

学校に通う子供を抱えながら、父母の介護が必要になったら、家計は耐えられるか。「親の預貯金で何とかなる」なんて大間違い。もし認知症になれば、親名義の口座は凍結され、お金は引き出せないのだ。そんな時に備える「家族信託」が今、注目されている。どんな方法なのだろう。

40代のある女性は、80代の両親が相次ぎ体調を崩し、父は軽い認知症と診断された。仕方なく2人を介護施設に入れようと、その費用を工面するため、両親の家を売却することに。だが不動産屋は売買を拒否。家は父名義で「認知症などで意思判断能力がない人の取引は無効だ」というのだ。

そして女性は「成年後見制度」を使った方がいい、と勧められた。病気や障害で判断能力が万全でない人を支える制度だ。家庭裁判所に申し立て、「後見人」となる人が決まれば、その人が父に代わって全財産を管理する。父名義の家も売却できるだろう。

しかし「後見制度は正しいあり方ですが、状況次第では問題が生じることもあります」と、認知症や相続対策に詳しい家族信託コーディネーター、横手彰太さん(日本財託シニアマネージャー)は話す。この女性の場合がそうだ。後見人は厳格に、父名義の財産を父のために使う。しかし同じ財布で生活をやり繰りしていた母のためには使えなくなるだろう。母の生活はいっそう不安定になる。

さらに後見人には報酬を支払うことも当然、必要だ。通常は月2万~3万円程度を被後見人が亡くなるまで負担する。決して軽くない額だ。女性は途方に暮れた。

認知症になり、不動産の売却も預貯金の引き出しもできなくなれば、せっかく老後を豊かに暮らそうと作った財産が無駄になる。経済的に余裕のない子供に重い負担をかけて「介護破産」も招きかねない。一方、後見制度は使い勝手が悪く、費用もかかる。

そんな中、“別の選択肢”として浮上しているのが家族信託だ。元気で判断能力があるうちに、信頼できる家族に現金や不動産などの管理を託しておくこと。

「子供の頃のお年玉を考えると理解しやすいでしょう」と横手さんは説明する。親戚からもらったお年玉を親に預けた人は多いだろう。親はそれを使って学資保険に加入したり、子供の自転車を買ったりした。子供は親を信頼してお金を託し、親はそのお金を子供の利益のために使う。「それを契約書にすることが家族信託です」

家族信託には三つの要素が欠かせない。親など「財産を持つ人」。その人が、自分の老後に必要な財産の管理など「特定の目的」を持つこと。そして、管理などの権限を託すため子供など「信頼できる家族」がいることだ。

具体的にはこんな流れになる。例えば、一定の現金を持つ父が、老後を豊かに暮らすため、現金の管理を息子に託す家族信託の契約を結ぶ。息子は父の現金を特別な口座である「信託口(しんたくぐち)口座」に振り込み、自分の財布とは別にする。父が元気なうちはその指示に従い、父が判断能力を失った後は、その意向に沿って口座のお金を管理し続ける。口座から大金を引き出し、施設の入所費用に使うことも可能だ。契約は父が亡くなったら終了し、現金は元の父の所有物に戻るため、財産の相続手続きをする際も、通常通りに行えばいい。

財産を託す人は「家族」に限らない。子供がいないなら、いとこやおいに託しても構わない。信頼さえできれば、親友など他人でも可能だ。

家族信託普及協会の事務局長、松本康男さんはこう強調する。「後見制度では多くの場合、弁護士など第三者が後見人になります。他人に家族のお金の使い方をチェックされるのは煩わしいはず。家族信託なら、一番信用のおける家族に任せられるうえ、原則、無報酬です。この方法は資産家のものではなく、誰でも気軽に利用できるものといえます」

普及協会によれば、専門家に相談し、信託契約を結んで公正証書を作るなど一連の費用は財産の0・5~1%程度。3000万円なら15万~30万円程度となり、後見人の報酬と比べても使いやすい。

家族信託に踏み出そうとする際には注意点もある。横手さんは「そもそも信頼できる人がいることがとても重要です。よく『息子に財産を託したら、好きに使っちゃいそうで心配だが、家族信託を結んでも大丈夫でしょうか』と相談されますが、それでは絶対に契約は結べません。商売で信託するわけではないので、家族との強い絆こそ必要です」と話す。

家族信託はあくまで契約なので、遺言書のように一人で秘密裏に作ることはできない。相手との話し合いが欠かせないのだ。実際、「家族信託の契約を結ぼうとする中で、老後について家族と十分話し合えたことが一番よかった」と喜ぶ人も多いそうだ。

一方、「弁護士や司法書士でも家族信託に精通している人ばかりではないので、しっかりした専門家に相談しなければいけない」と松本さんは指摘する。

誰かに相談する際は、家族信託の実績がどれぐらいあるかをまず尋ねた方がよい。最近では不動産会社や税理士らがセミナーを開く機会が増えているので、そこに参加し、信用できそうな専門家を探す方法もある。普及協会では専門家らをホームページで紹介しているので参考にもできる。

さて冒頭の40代の女性。思い悩んでいたところ、偶然、家族信託の存在を知った。父は認知症と診断されており、信託契約を結べるか不安だったが、幸い症状は軽く、専門家の前で意思確認をしたうえで契約にこぎつけた。女性は父名義だった家を売却し、両親ともに十分な介護が受けられる施設に入れることができたそうだ。

日本のような超高齢社会では、どんな人でも認知症と向き合う可能性がある。お互いの穏やかな生活のため、さまざまな方法で将来に備えることが必要だ。




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