<家族のこと話そう>好きに活動 妻に感謝 社会福祉学者・結城康博さん

父(75)は病院の放射線技師、母(73)は看護師でした。父は今で言うイクメン。料理や洗濯を母より上手にこなし、私や弟の保育園の送り迎えもしてくれました。

父は新聞を読んだり、政治番組を見たりするのが好き。母は当時、看護師の地位向上の運動をしていました。だから、家では医療や福祉制度の堅い話ばかり。私が社会保障を専門に研究するようになったのも、このころの影響が大きいのかもしれませんね。

このような環境で理屈っぽく育ったからか、小学校では授業中に先生の揚げ足を取るような質問をしたり、自分でも変わり者だったと思います。授業や勉強はつまらなくて、成績もクラスの下の方でした。でも、両親から「勉強しろ」と怒られたことはありませんでした。

本気で勉強し始めたのは中学二年の後半。校内暴力がピークだったころで、優秀な高校ならその影響を避けられるのではないかと思ったからです。高校では格差や貧困、高齢化などの問題を学び、大学で福祉を専攻しようと決めました。でも、大学卒業後は就職せず、半年間、交通整理のアルバイトをしました。当時は時給が高く、フリーターでも十分食べていけました。

でもバブルがはじけたのを機に、公務員試験を受け、二十四歳の時、東京都の区の職員になりました。北区役所に勤めた後、新宿区に異動し、ケアマネジャーとして、地域包括支援センターなどでも働きました。

高齢者らが自宅で誰にもみとられずに亡くなる「孤独死」の問題に関心を持ったのもこのころ。地域に合った見守りの仕組みを行政と警察、地域住民が連携してつくることで、命を救える上、遺体の腐敗が進む前に発見できます。

今、私が大学での研究や教育のほか、新聞やテレビなどに出たり、全国で講演したりと、好き勝手に活動できるのは、妻(44)が家庭を守ってくれているからこそです。

妻は結婚する前は看護師で、専業主婦を望んでいました。私は小学生のころ、当時はまだ珍しかった学童保育に通っていましたが、なかなかなじめなかった。その経験から、保育園や学童保育に子どもを長時間預けるのは望ましくないのではないかと思っていたので、子育てなどで妻とは考えが似ています。しんが強く、教育熱心で、高校一年の長男と中学二年の長女の世話も一手にやってくれています。

私は多くの働き盛りの男性と同じく、家事は妻任せで、地縁も薄いです。妻に熟年離婚されたら、孤独死につながりそうなパターン。だからこそ、多くの人がそうならないよう、地道に孤独死しない方法を訴えていきたいです。

<ゆうき・やすひろ> 

1969年、宇都宮市生まれ。淑徳大社会福祉学部卒業後、94~2007年まで東京都北区、新宿区の職員として勤務する傍ら、法政大大学院で博士(政治学)を取得。現在は淑徳大教授。専門は社会保障論、社会福祉学。著書に「孤独死のリアル」(14年、講談社)「在宅介護」(15年、岩波書店)など。




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