浄土真宗の宗派後継に23歳女性…南北朝期以来

今月、真宗興正派(本山・興正寺、京都市下京区)の華園真暢しんちょう門主(60)の後継者となる「嗣法しほう」に、長女の沙弥香さん(23)が就任した。

浄土真宗で京都に本山のある4宗派各トップの後継者が、この3年のうちに次々と決まった。識者は「これだけ短期間に後継者の決定が重なるのは画期的」と指摘する。

◆ 宗規を改正

3日、真宗興正派の嗣法に就いた沙弥香さんが「悩み苦しんでいる人たちに寄り添いたい」と抱負を語った。嗣法の選考順位は門主の長男、長男の子などとしていたが、真暢門主には沙弥香さんしか子がいなかった。2001年、女性も継げるよう宗規を改正。門主に就任すれば女性は南北朝期以来となる。

大学卒業を待って就任した沙弥香さんには、女性らしい感性が期待される。「女性職員が活躍し、多くの女性参拝者が訪れる寺を築きたい」と意気込んだ。

◆ 法灯を継ぐ

ここ10年で動きが目立ったのが、真宗仏光寺派(本山・仏光寺、京都市下京区)。昨年11月、渋谷恵照えしょう門主(91)の孫・覚さとし氏(36)が後継の「法嗣ほうし」に就いた。

同派は渋谷家が門主を継承。前々門主の真承しんじょう氏が1995年に病気で辞し、弟の暁真きょうしん氏へ。暁真氏も健康上の理由で2008年に辞任し、10年に両氏の母・恵照氏が門主となった。覚氏は真承氏の長男で、京都を離れて宮崎県で育ったが、宗派側の強い要請で法嗣を引き受けた。

◆ 混乱収束へ

「お東紛争」と呼ばれる混乱が収束に向かっている真宗大谷派(本山・東本願寺、同区)では、後継問題も落ち着きをみせている。

1969年、大谷光暢こうちょう前門首(法主)の後継指名を巡り、門首を継ぐ大谷家と宗派の対立が表面化。訴訟合戦が続き、光暢氏の子息4人中3人が宗派を離脱した。96年に三男の暢顕ちょうけん氏(87)が就任したが、子がおらず後継者不在が続いた。

人選の結果、2014年に暢顕氏のいとこで1歳の時に開教使の父とブラジルに渡った暢裕ちょうゆう氏(65)に決まった。さらに今年3月、暢裕氏の長男・裕ゆう氏(31)が門首に次ぐ地位「鍵役かぎやく」の一人に。事実上、継承の流れが定まった。

◆ 世相を反映

浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺、同区)では14年、大谷光真・前門主(71)が退任し、長男の光淳氏(39)が継いだ。16年10月から門主就任を内外に示す宗派最大級の法要「伝灯奉告法要」が始まり、来月末まで続く。

京都4宗派各トップの後継者が全て定まったことに、大谷大の草野顕之けんし教授(真宗史)は「信仰の象徴ともいえる門主(門首)制度の継続が明示され、僧侶や門信徒に安心感が広がった。人口減や若者の宗教離れなど、寺院運営が厳しい現代の社会状況に突き動かされたのではないか」と話す。

親鸞(1173~1263年)が開いた浄土真宗は現在、国内に主要10派がある。文化庁の宗教年鑑によると、10派の門信徒数は1623万人。京都の4宗派にはその98%に上る1592万人が属する。

宗派が分かれた流れは大きく二つあり、一つは親鸞の血統を伝える。室町時代に現れた蓮如は各地で布教を進め、教団として大きく発展した。安土桃山時代、顕如の三男・准如が西本願寺(本願寺派)を、長男・教如が東本願寺(大谷派)をそれぞれ建て、両寺が分立。現在も両寺(両宗派)のトップは親鸞の血脈を継ぐ男子が就任する。

もう一つは親鸞の教えを継承する弟子筋が形成した教団だ。親鸞門弟の真仏しんぶつらの系譜から仏光寺や興正寺、専修寺(三重県、真宗高田派)などができた。




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