もう一度食べたい 高知の飴「松魚つぶ」 戦前から続くニッキ味

平べったい板のような飴(あめ)に、小さな金づち形の割る道具が付いているものです--。便箋2枚につづられた探し物。その飴は四十数年前、高知への修学旅行の際に「叔母からお土産に頼まれたもの」という。だが、買ったのは友にならって選んだ違う飴。手紙には「その叔母も若くして亡くなり、手渡すことが出来なかったことを今も悔やんでいる」とあった。

小学6年の土佐・高知への修学旅行を懐かしく、切なく思い出す探し物。「お遍路で高知に行くたび、探しているが見つからない」とも書いてあった。ただ、小さな金づちに手がかりがありそうな気がする。高知市内の土産物店に電話すると「それは山西さんの『かつをつぶ』ではないか。うちは扱っていないが、戦前からある飴で今も作っている」と教わった。

製造元は「山西金陵堂」。4月中旬、高知市中心部から車で約20分の同社を訪ねた。創業は1887(明治20)年。「松魚」と書いて「かつを」と読ませる飴で「松魚つぶは創業当時からの飴。つぶは高知の方言で飴のことなんです」と5代目社長の山西史高さん(45)。かつお節を模した形の飴の原料は水飴と砂糖、ニッキ油。これを銅製の釜に入れて高温(セ氏150度)でたき上げ、木型に入れて冷まし、ニッキ(シナモン)の粉をまぶして仕上げる。

「高温で練った飴は歯にくっつきにくい。それにニッキの風味。これが『松魚つぶ』の特徴です」と山西社長。製造は月1回で、個数は700個ほど。高知市内の旅館やホテル、駅や空港内の土産物店に卸しているという。

ただ、同社の売り上げは携帯ストラップやキーホルダーなど土産グッズの製造販売が主で、菓子製造は「松魚つぶ」のみ。売り上げ全体の1%ほどにしかならない。それでも作り続けるのは「松魚つぶだけはやめるな」が父の遺言だったからと話す。値段は1個300円。「私が中学生だった頃も、この値段だった。26歳で後を継ぎましたが、私の代になっても値上げはしていません」

事務所に並ぶ製造現場を案内してもらった。「ああ、この香り」。体全体がニッキの香りに包まれた。飴をたき上げる釜は1枚の銅をたたいて成形したもので直径が30センチ、深さは25センチほど。これが3個、ガスバーナーの火口に掛けられ、べっ甲色の飴を作り出す。飴を木型に流す台の上部には冷ます時間を調整するための電熱器がぶら下がっていた。製造日でないため、伝統の味を守る職人さん(60)には会えなかったが、きれいに整頓された職場に、その気質の一端を見たような気がする。

「松魚つぶ」を探す手紙の女性は、何県がふる里なのだろうか。毎日新聞大阪本社に届いた手紙には住所、氏名がなく、消印も不鮮明で読み取れない。山西さんは「愛媛県の人では。昔は愛媛の小学生の修学旅行先が高知だった、と聞きます」という。掲載の手紙に見覚えのある「あわてもの」さん、ぜひ連絡を。

購入など問い合わせ

山西金陵堂(高知市大津乙1908の1、電話088・866・8877、ファクス088・866・2352)。土佐名菓「松魚つぶ」は1個324円(税込み、送料別)。




https://mainichi.jp/articles/20170423/ddm/013/100/029000c