脱原発、地道に1万署名 茨城・日立の角田さん 街頭立ち5年

脱原発を訴え、JR日立駅(茨城県日立市)前で署名活動を続ける日立市の主婦角田(つのだ)京子さん(71)らが、一万筆の署名を達成した。東京電力福島第一原発事故後、全国各地で始まった「さようなら原発一千万人署名」に共感し、角田さんが一人で活動を始めたのは二〇一一年七月。その後、仲間も加わり、五年余りで目標に到達。「一千万筆達成を見届けるまで続けたい」と決意を新たにしている。 

元小学校教員の角田さんは、定年退職後の一〇年九月、夫昭二さん(72)と共に、神奈川県厚木市から友人が住む日立市に転居した。のんびりとリタイア生活を送るつもりだったが、半年後に東日本大震災が発生、原発事故で考えは一変した。「脱原発を実現するために自分にできることをしたい」と、一千万人署名への協力を決心した。

一万筆の目標を定め、一人で約二年二カ月、毎週土曜午後の一時間から一時間半ほど日立駅前で署名を呼び掛け続けた。その後、定年退職した元会社員や主婦ら十人近くが仲間に加入。署名は順調に増え、一定量がまとまった段階でその都度、一千万人署名の事務局に提出していった。

一四年には、日本原子力発電東海第二原発(茨城県東海村)の再稼働に反対する日立市民の会を仲間と結成し、代表に就任。水戸市や福島県いわき市まで範囲を広げ、精力的に活動に取り組んできた。

昨秋、動脈硬化が原因で視力障害を発症、目を開けていられなくなったため、手術を受ける決断をした。昨年十月に入院し、約二カ月間、署名活動を中断、市民の会代表も退いた。

それでも、仲間の頑張りもあり、今年八月下旬に一万筆の目標を達成。「これを区切りに署名活動をやめようと思っていた」と振り返る。だが、いざ達成してみると、「ここからがスタート」と新たな力が湧いてきたという。「一筆書いてもらうたびに、その人との間に会話が生まれ、それがとても楽しいんです」

原発事故で福島県外に避難した子どもらが、転校先の学校でいじめに遭っていることをニュースで知り、心を痛めている。今月二十二日に発生した福島県沖を震源とする地震では、東京電力福島第二原発3号機の使用済み核燃料プールの冷却装置が約一時間半にわたって停止するなど、人びとの暮らしは原発に翻弄(ほんろう)され続けている。

「福島第二原発のトラブルを受け、さらに署名活動に力を入れたい」と角田さん。「原発のない世界を孫や子の世代へのプレゼントにしたいのです」

◆全国では現在858万人

「さようなら原発1000万人署名」は、脱原発と自然エネルギー中心の社会を実現しようと、作家の大江健三郎さん、ミュージシャンの坂本龍一さんら9人の呼び掛けで2011年6月にスタートした。

全国で集まった署名は10月末現在、約858万筆。最初の1年間で751万筆が集まったが、最近はペースダウンしているという。署名1000万筆が目標で、13年11月までに約837万筆を政府と衆参両院に提出した。

事務局のスタッフで、原水爆禁止日本国民会議(原水禁)事務局次長の井上年弘さん(58)は、角田さんらの署名活動を「大変な苦労があったと思う。本当にありがたい」とねぎらう。角田さんらの志が全国に広がっていくことを願っている。




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