京都の「菓子木型」途絶 伝統産業の職人で初

「西陣織」や「京人形」「京すだれ」など京都市が指定する74種の伝統産業のうち、京菓子作りを支える「菓子木型」の作り手が途絶えている。職人がいなくなったのは全種を通じて初めて。市は指定を外さない方針だが、同様に後継者がおらず、継承の危機にある職種も複数あり、関係者が不安を募らせている。

菓子木型は干菓子作りなどに用いられる。歴史は押し菓子が生まれた江戸後期にさかのぼり、主に京都の職人が携わってきた。堅く水に強いヤマザクラの板に繊細な彫刻を施すため高度な技術が必要とされる。

1980年代から技術の継承が危ぶまれ、ただ1人となっていた木型彫刻師の男性が数年前に死去。この男性は2004年の京都新聞の記事で、「新規注文は少なくなり、仕事は古い木型を修整してくれ、というものばかり。もう(仕事が)なくなるんとちゃうか」と語っていた。

京都市は、国や府が指定する伝統産業に加え、06年から「市の伝統産業」として74種を指定。菓子木型について、担当の市伝統産業課は「職人がいなくなっても指定を外す規定が定まっていない。現在も京菓子作りには男性が作った木型が使われている」と話す。市の指定制度が始まる以前は「京釣竿(つりざお)」のように作り手がいなくなった例がある一方、「京こま」のように一度途絶えた後で復活したケースもある。

さらに、京都伝統産業ふれあい館(左京区)によると、「京足袋(たび)」など職人が1人しかいなくなった職種もある。就業者は多いものの、行程の一部で担い手が少ない分野もあり、生産活動への影響が懸念されている。同館は「京都の文化を支えているのが伝統産業。技術が途絶えることは文化の衰退につながりかねない。市民や観光客に関心を持ってもらえるよう、さらに情報発信したい」と話している。




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