メディアはどこも報じない廃炉を支え続ける町「双葉郡広野町」

福島県双葉郡広野町、この町の名前を初めて聞いた方も多いはずです。原発事故前の人口は約5,500人。震災前はミカンがなる最北の町として、ミカンが町のシンボルになり、童謡とんぼのめがねの舞台になった広野町上浅見川箒平地区。「汽車」「とんぼのめがね」といった、誰もが一度はふるさとの原風景を思い浮かべる童謡の舞台ともなった町です。

この町は2つの一般に知られていない事柄があります。一つは全町避難が最初に解除された町であること、もう一つは広野町が廃炉を5年そして今も支える町となっていることです。

昨年9月5日に広野町の北に隣接する楢葉町が、初の全町避難解除の町として大きく報道されました。これはある意味では正しい報道です。なぜならば国が定めた避難指示区域による解除は楢葉町が初だからです。ですが5年前、その楢葉町の南に隣接する広野町は第一原発から20km~30km圏内だったため、町の判断によって全町避難指示が出ました。

広野町が帰町宣言をし、町の復興が始まったのは2012年4月からです。国の指示によるかではなく、全町避難が解除されたのは広野町となるわけです。現在も仮設住宅に避難されている町民の方がいることも忘れてはなりません。

原発事故前約5500人だった人口は、避難解除から約4年、半分程度までしか回復していません。原発事故により撤退した大型商店に変わり、大型商店が新しく開店したのは今年3月5日です。

今年3月11日に避難解除となった楢葉町が抱える課題は、同様に広野町が抱えてきた課題と言えます。

そういった原発事故により壊滅的なダメージの中、復興を進めてきた広野町が廃炉を支え続けた町ということはあまり認識されていません。

広野町は作業員の町と形容されるほど、復興関連(除染事業・廃炉事業)に関わる方が暮らす町です。元来町民の方を上回る約3000人に及ぶ方が暮らしています。それは原発事故が起きた2011年にさかのぼれば、いち早く民宿などを経営してくださった方がいたからです。

町内にある二つ沼総合公園は、原発関連企業に貸し出され、1年半ほど前までは事務所や宿舎が公園内にありました。筆者も東電社員時代、この公園からバスに乗り換え発電所に向かっていました。また、楢葉町と広野町に跨るサッカーナショナルトレーニングセンターJヴィレッジは廃炉の最前線の拠点となりました。世界中が見守る事故収束の時代、ここで作業員の方々が防護服に着替え福島第一原発に向かっていたのです。

筆者も原発事故時、当事者として広野町の協力がなかったらと思うとぞっとし、世界中が福島第一原発を支えることをためらう時代に、町として支えてくださったことには感謝の気持ちしかありません。

今年、3月11日は5年という月日上の節目を迎えました。各方面で東日本大震災及び原発事故に関わるニュースが報じられました。起きた悲しみ、続く悲しみは癒えることはありません。しかし今こうして生きていることが出来ている背景には、最前線となって廃炉を支え続けた町がありました。その社会的貢献は言い返れば、広野町が日本を救ったとも言えます。

被災地域で暮らし、今年も報道の在り方を見てきましたが、広野町がそうした視点で語られることはありませんでした。これから続く旧避難区域が原発事故からの復興という厳しさと共に、廃炉を支えていく事実を社会が無視してしまい、原発事故並びに廃炉と向き合うことを、地域の課題程度にしてしまう未来を指しているような恐ろしさを感じています。

廃炉現場と隣接する避難区域一帯は、原発事故により加害者・被害者という関係ありきで語られます。実は密接に繋がっています。それは避難区域の復興は廃炉を支えているという側面を持っているからです。

廃炉は日本社会が抱える課題です。健全に進まずトラブルが起きれば日本全体の問題にまで通じます。ですから支えている町としての視点で旧避難区域を見た時、原発事故避難区域の町村は地域課題という小さな視点で収まりません。

原発事故から6年目、原発事故からの復興の最中、廃炉現場を支え続ける町に対して、社会は知らない若しくは忘れてしまってはいないでしょうか。

吉川彰浩

一般社団法人AFW 代表理事

1980年生まれ。元東京電力社員、福島第一、第二原子力発電所に勤務。放射性廃棄物処理設備の保守管理(現場管理、工事設計発注、官庁検査対応)を担当。原発事故により福島県双葉郡浪江町より福島県いわき市に避難生活中。福島第一原発、原発事故被災地域の一次情報を社会に伝える為に2012年6月に退職。民間一般人としての震災後初の福島第一原発視察を実現。「次世代に託すことが出来るふるさとを創造する」をモットーに一般社団法人AFWを運営し、福島県双葉郡地方の復興活動、暮らしにおける福島第一原発に対するリテラシー向上活動を被災地域住民の方々と協働で行っている。




http://bylines.news.yahoo.co.jp/yoshikawaakihiro/20160313-00055368/