肺がん新薬「免疫チェックポイント阻害薬」の実力は?

2015年12月に登場した肺がん治療の新薬「ニボルマブ」。がん細胞が、体内の異物を発見、攻撃する免疫細胞の働きにブレーキをかけて生き延びていることに注目し、そのブレーキを解除することで、がんを叩く新しい仕組みの薬です。期待を集めるこの新薬について、肺がんの薬物療法が専門の佐々木治一郎・北里大学病院集学的がん診療センター長に話を聞きました。後編は、患者や家族にとって気になるニボルマブの治療対象、副作用、そして費用について解説します。

誰にでも効くの?

北里大学病院集学的がん診療センター長(同大医学部新世紀医療開発センター教授)の佐々木治一郎さん

−−肺がんなら誰もがニボルマブの治療を受けられるのですか。

肺がんは、大きく、「小細胞肺がん」と「非小細胞肺がん」に分けられます。ニボルマブによる治療の対象になるのは、肺がんの80〜85%を占める非小細胞肺がんのうち、診断された時点で手術ができないくらいがんが広がっているか、手術後にがんが再発した患者さん(いわゆるIV期の患者)で、最初の抗がん剤による治療が無効となった場合に使用します。具体的には、手術ができない進行・再発非小細胞肺がんの患者さんで、最初に行われるべきとされている抗がん剤治療や分子標的治療が効かなくなったときに、2段階目の治療として、ニボルマブの投与を受けるかどうか検討することになるでしょう。

−−ニボルマブが肺がんにも使えるようになったのを受けて、日本肺癌学会は、「薬には効果がある半面、副作用もある」と強調する声明を出しています。ニボルマブでは、どのような副作用が出るのでしょうか。

われわれ肺がん治療医にとっては、マスコミなどで「夢の新薬」としてもてはやされ、02年に登場したゲフィチニブ(商品名イレッサ)で予期せぬ大きな副作用が出た手痛い教訓があります。今では、「EGFR遺伝子変異」がある非小細胞肺がんにはゲフィチニブの効果が高いと分かっているのですが、当時は、そういったことが分かっていませんでした。状態が悪いにもかかわらずゲフィチニブが効かないタイプの肺がん患者さんに対してもゲフィチニブが使われたことで、副作用の間質性肺炎が多発し、800人以上の患者さんが亡くなりました。副作用が大きく報じられたこともあり、その後しばらくは、ゲフィチニブが効くタイプの患者さんの中にもこの薬を拒否する人が相次ぎました。ゲフィチニブを使えばしばらく普通の生活を送れそうな患者さんが、治療を受けずにあっという間に亡くなっていくのは治療医としてはつらい経験でした。

ニボルマブは、吐き気や脱毛など通常の抗がん剤でみられるような副作用はほとんど出ないのですが、免疫反応が過剰になって正常な細胞まで攻撃してしまうために、自己免疫疾患に似た副作用が出現します。具体的には、湿疹が出たり下痢をしたり、肝機能が悪化したり、I型と呼ばれる糖尿病になったり、甲状腺など内分泌機能が低下することがあります。副作用の治療には、ステロイドや免疫抑制剤を使います。重い副作用が出る人の割合は、一般的な抗がん剤の半分以下と少ないものの、間質性肺炎、腸炎、重症筋無力症で亡くなった患者さんもいるので注意が必要です。いたずらに恐れ過ぎる必要はないのですが、免疫チェックポイント阻害薬による治療を受けるときには、副作用についてもよく説明を聞くようにしてください。

費用はどのくらいかかる?

−−ニボルマブで肺がんが治る人もいますか。

ニボルマブによって肺がんが小さくなってその状態が長期間持続し、治療を受けながらこれまで通りの生活が継続できる人はいるかもしれません。しかし、残念ながら、現時点では、この薬によって肺がんが完治するとのデータは得られていません。治療の新たな選択肢が増えたという意味では患者さんにとって福音なのですが、薬で肺がんが治る時代になったわけではないのです。また、非小細胞肺がんなら誰でも効くというわけではなく、ニボルマブを投与されたにもかかわらずまったく効果がない患者さんが40%くらいいることも事実です。

−−効果があるかどうかは事前に分からないのですか。

今のところ、事前に調べる方法がないのが現状です。がん細胞の中にあるPD-L1というたんぱくが、リンパ球側のPD‐1と結合することで免疫チェックポイントを作動させることが分かっています。このがん細胞におけるPD-L1の有無によって効果が判定できればよいのですが、がん細胞の中にこのたんぱくがない人の中にもニボルマブが効く人がいるのも事実です。そのため、現時点ではPD‐L1の有無だけでは効果を測ることが難しいのです。ニボルマブの効果を予測する指標を、世界中の研究者が探しているところです。

−−ニボルマブの薬代は非常に高いそうですね。

ニボルマブの治療にかかる総医療費は1回120万〜130万円で、1カ月に約240万〜260万円かかります。今のところ、治療をどのくらい続けるのがいいのか分かっていないので、一般的には、効果がある限りこの薬の投与を続けます。医療費の自己負担額を軽減する高額療養費制度を使えば、70歳未満一般所得の人で1カ月の自己負担額が9万〜10万円程度になります。

患者さんが加入している健康保険や国民健康保険の窓口で「限度額認定証」を入手して事前に提出すれば、病院での支払いは自己負担限度額の範囲内になるので、必要な手続きを済ませてから治療を始めることが大切です。高額療養費制度は12カ月のうち4回該当するとさらに自己負担を軽減する仕組みになってはいますが、治療を受ける前に、自分の自己負担額がどのくらいになるのか確認しておいたほうがよいでしょう。

患者さんの自己負担額は、高額療養費制度を利用すればある程度軽減できるものの、こうした高額な治療を受ける患者さんが増えるほど医療財政が圧迫されます。医療費の無駄遣いを減らすためにも、効果がある人とない人を見分ける方法の確立が急務です。

肺がんについては、免疫チェックポイント阻害薬以外にも、新しい薬が続々と登場しています。がんが進行しても、治療を続けながら仕事や趣味、家事が続けられる人が、もっと増えればと思います。




http://mainichi.jp/premier/health/articles/20160212/med/00m/010/011000c