86歳、笑顔でふんばる 岩手・大槌 仮設で5度目の大みそか

東日本大震災の被災地は五度目の年の瀬を迎えた。住宅再建の遅れから、当初は入居二年のはずだった狭く不自由なプレハブ仮設住宅に今なお六万人以上が暮らす。それでも「ここまで来たらがんばっぺし」と被災者たちは必死に前を向く。年末、ある仮設を訪ねた。

「ここらへんでは、雑煮をくるみのたれで食べるんだよ」。二十九日朝、岩手県大槌町。佐々木テルさん(86)はスーパーでくるみのたれを手に取った。多くの人が買い求め、たちまち品切れに。「震災前は自分でつぶしていたけど、今は狭くてとても無理だ。みんなもそうなんだろうね」

台所、浴室、トイレのほかは四畳半一間だけ。佐々木さんはこの部屋で、今年も一人で新年を迎える。「片付ける場所もないし大掃除しようって気にもならねえ。神棚もないから罰が当たるな」。旧町役場に近く、便利だった自宅は津波で全壊、何もかも流された。車がないので震災後は初詣にも行けない。

「柱にさびがあるでしょ」。膝を手で抱えるようにこたつに入った佐々木さんは、室内を見渡して恨めしそうにつぶやいた。壁は鉄板がむき出しで、手を当てるとひんやりと冷たい。強風が吹けば「ミシミシ」と天井がきしむ音がする。

二〇一六年三月に入居が始まる町中心部の災害公営住宅に入りたいと抽選に申し込んだが、外れた。「がっくりきた。いつ何があるか分からねえのに」。なえそうになる気持ちを奮い立たせようと、毎朝きちんと化粧をして、好きな服を買っておしゃれもする。

より中心部に近い別の災害公営住宅への入居は、早くても二年後という。「それまで健康でいられるように」と毎晩、仮設の周辺を十五分ほど歩き、室内では重さ一キロのダンベルを持って腕を上下させる。寝るときはこたつを片付け、折りたたみのベッドを出すまで四十分もかかるが「これも運動」と言い聞かせる。

三十日、数年ぶりに自宅があった場所を訪れた。震災前から一人暮らしだった佐々木さん。知り合いがいつも集まってきてくれた自宅の場所は見つけたが、辺りは更地で「近所はさっぱり分からねえ」と寂しさがよぎる。

でも災害公営住宅の建築予定地を見て、自らを鼓舞するように言った。「がんばるしかねえべ」

<仮設住宅> 

自宅をなくした被災者のために自治体が無償で提供する住宅。入居期間は原則2年間だが、東日本大震災では災害公営住宅の整備や高台の宅地造成が遅れ、期間が延長されている。内閣府によると、2015年11月時点で岩手、宮城、福島3県のプレハブ仮設を約6万5000人が利用。ほかに、既存の民間賃貸住宅を自治体が借り上げる「みなし仮設」もある。




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