緩和ケアの誤解 医療用麻薬は怖くない!

前回は、がん患者が抱える身体的苦痛、精神的な苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルペイン(魂の痛み)などのトータルペイン(全人的痛み)を和らげる「緩和ケア」について解説しました。今回は、体と心の痛みをとることの大切さ、そして緩和ケアの課題について説明します。

がんそのものの痛み、手術後の痛み、抗がん剤など治療による副作用など、がん患者の70%が身体的な痛みを感じています。1986年に発表された、モルヒネなどの医療用麻薬を使用して痛みを取り除くがん疼痛(とうつう)治療法「WHO(世界保健機関)方式」を適切に施せば、がんで苦しむ人の約9割の痛みは完全に取り除くことができると言います。しかし、日本では医療用麻薬に対する誤解があるようです。

内閣府が実施した「がん対策に関する世論調査」(2014年11月)では、医療用麻薬を55.7%の人が「正しく使用すれば痛みに効果的」、52.8%の人が「正しく使用すれば安全」と肯定的に捉えています。一方、「だんだん効かなくなる」(37.1%)、「最後の手段」(32.6%)、「使用し始めたらやめられなくなる」(17.7%)、「副作用が強い」(15.3%)−−との否定的な回答も目立ちます(複数回答)。「がんの痛みが生じ、医療用麻薬の使用を提案されたら?」の問いには、24.6%の人が使いたくないと回答しています(「どちらかといえば使いたくない」19.5%、「使いたくない」5.1%)。

淀川キリスト教病院(大阪市東淀川区)緩和医療内科主任部長の池永昌之さんは、「がんになることの怖さの一つが痛みでしょう。痛みを、そして怖さをしっかり取り除くことが大切です。がんの痛みに対する治療で用いられる代表的な医療用麻薬はモルヒネですが、麻薬中毒のイメージから敬遠され、痛みを我慢して過ごしている患者さんも少なくありません。しかし、それは大きな誤解です。だんだん効かなくなることはごくまれで、痛みが和らげば使用しなくなる人もいます。眠気や便秘といった副作用は治療できます。痛みのある状態では、モルヒネを使用しても精神・身体依存にはなりません。医療用麻薬の種類も増えたことから、一人一人の痛みに応じた薬を使用できるようにもなっています。痛みと闘うことがすなわち、がんと闘うことではありません」と断言しました。

医学誌「Psychiatry and Clinical Neurosciences」に06年に掲載された横浜市立大医学部教授(当時)の河西千秋さんの調査によると、一般病院入院中に自殺する患者の疾患の中では、がん患者が35%と最多です。これとは別に、精神腫瘍科専門誌「Psycho-Oncology」に14年に掲載された国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所研究員の山内貴史さんの研究によると、がん患者の0.2%程度が自殺で人生を終えているとされます。

市立札幌病院・精神医療センター副医長の上村恵一さんは、「気持ちのつらさは、QOL(生活の質)の低下と関連し、がんに対する治療意欲を失わせます。極端に進んでしまうと、死にたいという思いが強まり、最悪の場合自殺につながるおそれもあります」と心のケアの必要性を訴えています。

体の痛み同様、心の痛みのケアも重要です。「がんかもしれない」と診断された瞬間から、不安やうつ、怒りなど、さまざまな感情を経験します。厚生労働省が15年に発表した「がん対策推進基本計画 中間評価報告書」によると、がん患者を対象に行った調査で、「気持ちのつらさが緩和されている」とした人は61.5%にすぎず、残る約4割が心の問題を抱えていることがわかります。

「これには大きく二つの理由があります。一つは、ケアが必要な患者さんが受けるべき医療者につながっていないためです。これは『精神の病気だと言われるのが嫌だ』『精神科に抵抗がある』などの患者さん側の意識、また、がん診療連携拠点病院における精神科や心療内科の充足度の低さによるものでしょう。もう一つは、つながっていても医療者が適切な心のケアを提供できていないためです。心のケアの量・質の問題で、緩和ケアに関わる精神科や心療内科などの専門家が圧倒的に不足しているのです」と、上村さんは分析します。

国のがん対策の柱である「がん対策推進基本計画」では、すべてのがん診療に携わる医師が研修などにより、緩和ケアについて基本的な知識を習得することを目標として掲げています。12年度から5年間のがん対策を定めた「第2期がん対策推進基本計画」では、重点的に取り組むべき課題の一つとして、「がんと診断された時からの緩和ケアの推進」を挙げています。

しかし、緩和ケアの推進にはさまざまな課題が残っています。前述した緩和ケアに関わる精神科や心療内科などの医師不足は、大きな壁の一つです。他にも、地域格差、病院格差、病院内格差、そして、「緩和ケアを全ての病院で受けられるわけではない」という現状があります。通院している病院で緩和ケアを受けられない場合、どうすればいいのでしょうか。

全国にあるがん診療連携拠点病院401カ所、特定領域がん診療連携拠点病院1カ所、地域がん診療病院20カ所(15年4月1日現在)には、緩和ケアの専門チームがあります。緩和ケアを受けたい、もっと知りたい人は、近くのがん診療連携拠点病院や、自治体の相談窓口などに相談することができます。がん診療連携拠点病院や地域がん診療病院などはこちらのウェブサイトで探すことができます。

京都府立医科大学疼痛・緩和医療学講座教授で日本緩和医療学会理事長の細川豊史さんは「医学的なエビデンスは示せないけれど、経験的に、あと(余命)2、3カ月と思っていた状態の悪い患者さんが緩和ケアを受けて、半年、1年生きられたり、あと2週間と言われて緩和病棟に入院した患者さんが、一度退院して3年半生きられたりすることを現場で経験している医療関係者は多いと思います。医療用麻薬に抵抗がある人に対して、『痛いでしょ、笑えないでしょ、食べられないでしょ、体に悪いと思わない?』と話すと、患者さんは、ほっとした顔をされて、疼痛緩和ケアを受けます。『我慢しなくてもいい』を伝えるのが緩和ケアの一つの目的です」と話します。これこそが、緩和ケアの神髄と言えるのではではないでしょうか。




http://mainichi.jp/premier/health/entry/index.html?id=20151202med00m010016000c