高知県立坂本龍馬記念館館長の森健志郎氏が死去73歳

高知県立坂本龍馬記念館館長で、元高知新聞記者の森健志郎(もり・けんしろう)氏が2日午後9時55分、胸部大動脈瘤(りゅう)破裂のため、高知市中水道8の34の自宅で死去した。73歳。中国・張家口生まれ。葬儀・告別式は6日午前11時半から午後1時まで、高知市知寄町3丁目501の2のベルモニー会館知寄で神式。喪主は長男洋憲(ひろのり)氏。

立命館大学文学部を卒業し1965年、高知新聞社に入社。編集委員、社会部長、学芸部長、東京支社次長兼編集部長、高知新聞企業取締役観光局長などを務めた。

社会部時代は警察担当として敏腕を振るい、編集委員だった1986年、連載「生命(いのち)は守られているか」を企画。水難障害児や未熟児ら命を守る闘いのルポは大きな反響を呼び、難病患者らを支援する「生命の基金」が設立されるきっかけとなった。また1988年の高知学芸高校上海列車事故では、社会部長として取材の陣頭指揮を執った。

2002年に退職後、中国新疆ウイグル自治区の新疆大学に留学。高知新聞に「60歳だからできた ウルムチ新疆大留学記」を寄稿連載した。

2005年、龍馬記念館の2代目館長に就任。持ち前の企画、行動力を生かし、龍馬への年賀状(2010年~)や、ハワイとニューヨークでのフォーラム(2011年)、終戦記念日の子ども・龍馬フォーラム(2013年~)などを開催。“龍馬スピリット”を国内外に発信した。

高知県を代表する観光・文化施設として記念館を育てる一方、施設の老朽化など懸案にも取り組み、「龍馬の殿堂」として専門性を発揮するための新館(2018年1月オープン予定)の建設にも道筋を付けた。2015年は、坂本龍馬生誕180年の節目に当たり、11月15日の記念事業の成功に向けて奔走していた。

【尾﨑正直知事の話】観光に多大な貢献

坂本龍馬を高知県の宝として全国に発信し、さまざまな企画展で多くのファンを魅了するなど、高知県の観光振興に多大な貢献をされた。土佐人らしい豪快で温かい人柄、力強いリーダーシップの下、新館建設の道筋も付け、構想の仕上げに熱心に取り組んでいたと聞いている。心からお悔やみを申し上げます。




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