龍馬 まっこと剣豪ぜよ 皆伝を示す史料発見

坂本龍馬(一八三五~六七年)が北辰一刀流から与えられた免許皆伝書が存在したことを示す史料が高知県立坂本龍馬記念館(高知市)に寄贈されていたことが分かった。龍馬はなぎなたの皆伝書しか確認されておらず、記念館の前田由紀枝学芸課長は「龍馬が剣豪だったことの裏付けにつながる貴重な史料」と話している。

記念館によると、見つかったのは龍馬の遺品預かり書の写しで、一九一〇年八月三十日付。秘伝巻物として「北辰一刀流兵法箇条目録」「北辰一刀流兵法皆伝」「北辰一刀流長刀兵法皆伝」と記されていた。

所有していたのは坂本家の子孫で、一八九八年にキリスト教の布教活動のため北海道に移住。一九一三年に北海道で龍馬の遺品展を開く前に、龍馬の死後に養子となった坂本直(なお)の妻留(とめ)から遺品を借りて預かり書を書いた際、写しも作って手元に残していた。

龍馬は十九歳で江戸に剣術修行のため留学し、名門の千葉道場に入門。二十二歳の時に二度目の留学をし、約四年にわたる修行のなかで北辰一刀流の免許皆伝を受けたとされており、これを裏付けることになる。

坂本家の子孫は遺品展示の後に北海道釧路市で火事に見舞われ、その際に多数の龍馬の遺品が焼けたとされ、二九年五月に東京で開かれた龍馬の遺品展覧会の目録には「千葉周作より受けた皆伝目録は釧路市で全て焼失した」という内容の記述がある。秘伝巻物とされた三つのうち「長刀兵法皆伝」は現存する。

預かり書の写しはことし六月、北海道の坂本家の子孫が記念館に寄贈した数百点の史料の精査中に見つかった。現在記念館で開かれている「坂本家・家族の絆」展で十一月一日~来年一月二十二日に公開される予定。

<北辰一刀流>

幕末の剣豪千葉周作が、父から学んだ家伝の北辰流、江戸で学んだ小野派一刀流という二つを合わせて起こした流派。試合を通しての実践的な稽古を重視し、伝授の分かりやすさを特徴としたため、江戸を中心に急速に広まった。周作の弟定吉の娘さなは、龍馬の婚約者だったと伝えられる。




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