イスラエル:パレスチナと衝突激化…第3次民衆蜂起の恐れ

イスラエルとパレスチナの衝突が拡大している。7月末に起きたユダヤ教過激派によるパレスチナ人民家放火事件を契機に、暴力の応酬が激化。パレスチナ赤新月社などによると、7月末以降の死者は計10人を超えた。今月に入ってから状況はさらに悪化し、パレスチナ人の負傷者は5日までの3日間で約500人に達した。イスラエルのネタニヤフ政権は強硬姿勢を見せており、「第3次インティファーダ(民衆蜂起)」に発展することが懸念されている。

契機となったのは、ヨルダン川西岸パレスチナ自治区ナブルス近郊で7月31日未明、ユダヤ人入植者の宗教過激派がパレスチナ人の民家に放火し、1歳半の男児と両親が死亡した事件だ。

さらにイスラエル政府はユダヤ教の新年入りを前に、9月13日、ユダヤ教の聖地でもあるエルサレム旧市街のイスラム教聖地「アルアクサ・モスク(イスラム礼拝所)」付近を封鎖。猛反発したパレスチナ人と警官隊との衝突に発展した。

パレスチナ側による攻撃も拡大。ナブルス近郊で今月1日夜、ユダヤ人入植者夫婦が射殺され、パレスチナ人5人が逮捕された。3日にも、エルサレム旧市街でパレスチナ人の男が通行中のユダヤ人男性2人を刺殺した。

イスラエル政府は4日、パレスチナ人が外部から旧市街に立ち入ることを2日間、原則禁止するなど異例の措置を決めた。

これに反発したパレスチナ人は同日、西岸トルカレムで抗議デモを行い、18歳の男性がイスラエル軍に射殺された。5日午後にも、ベツレヘム近郊のアイーダ・パレスチナ難民キャンプでシャディ・ハリル・ムスタファ・アビダラさん(40)の次男、アブデル・ラマンさん(15)が治安当局に胸を撃たれて死亡した。アビダラさんは取材に対し「息子は道で遊んでいただけで投石すらしていない」と怒りをあらわにした。抗議運動は西岸地区や東エルサレム各地に広がっている。

パレスチナ自治政府のアッバス議長は9月30日、国連総会で演説し、イスラエルとの和平を目指す1993年のパレスチナ暫定自治合意(オスロ合意)には「拘束されない」と宣言。イスラエルが合意に反して入植地を拡大させる以上、「我々だけが拘束される必要はない」と訴えた。

ただ、自治政府はその後もイスラエルとの治安対策の協力を継続している。演説は、国際社会の注目を集め、和平交渉が進まない責任はイスラエルにあるとアピールすることを狙っているとも言われる。だが、こうした発言に刺激を受けて反イスラエル運動が拡大する可能性もある。

パレスチナ側が7月の放火事件への報復として特に入植者への攻撃を強めていることが、イスラエル側に強い反発を生んでいる側面もある。

今年3月の総選挙では、入植地拡大を主張する右派系議員が増加。中道右派から極右までの連立であるネタニヤフ政権にも入植地出身の閣僚らがおり、入植地問題では強硬な主張が目立つようになった。今月5日夜、首相公邸前でユダヤ人入植者が開いた数千人規模の集会には、右派の閣僚も参加し「政府の弱腰対応が治安悪化の原因だ」と批判した。首相は対応強化を改めて強調しているが、やり方次第ではパレスチナ側のさらなる攻撃を招く恐れもある。

イスラエル・ハーレツ紙は5日付論評で、治安が改善される可能性はあるとしつつ、今後の犠牲者次第では第3次インティファーダへと向かう「報復の悪循環に一気に転落する」と指摘した。

◇インティファーダ◇

イスラエルの占領に反発するパレスチナ人が1987年に始めた投石などによる抵抗運動。93年の「オスロ合意」(パレスチナ暫定自治合意)前後に収まった。だが、2000年9月にイスラエルの右派リクード党のシャロン党首(当時)が、イスラエルとパレスチナが和平交渉で帰属を巡って激しく争っていたエルサレム旧市街のイスラム教聖地ハラム・アッシャリーフ訪問を強行。パレスチナ人の不満が噴出して第2次インティファーダに発展し、大規模な戦闘が05年ごろまで続いた。




http://mainichi.jp/select/news/20151007k0000m030109000c.html