中間貯蔵施設 容認から1年 地権者と政府 隔たり大きく 福島

福島県が、東京電力福島第1原子力発電所事故の影響で出た汚染土などを保管する中間貯蔵施設の県内建設を正式に容認してから9月で1年となる。だが、建設予定地の双葉、大熊2町の地権者の農家と、一刻も早く用地交渉を進めたい政府側との隔たりはあまりにも大きい。農家は「農地を手放す悔しさを政府は理解していない」とやりきれない思いを募らせる。一方、仮置き場は増えるばかりで、地権者は苦渋の選択を迫られている。

双葉町で米4ヘクタールと和牛繁殖をしていた藤田博司さん(76)はこの1年間、環境省と3度に及ぶ用地交渉をした。山林と田畑、家屋が中間貯蔵施設の建設予定地に含まれており、同省担当者が地図を見せながら補償額算定のための調査に入る許可を求めてきた。だが、藤田さんは了解していない。

背後にあるのは壮絶な事故のトラウマだ。避難を強いられ、出産間近の親牛も含めて10頭の牛を餓死させてしまった。一時帰宅で古里に戻った時、牛舎にはウジが大量にわき、すさまじい悪臭と共に白骨化した牛が目に飛び込んできた。

その時の臭いと惨状は「1秒でも早く忘れたいが、今も頭から離れることはない」という。それだけに「どうぞ補償額を計算してくれ、という気持ちにはどうしてもまだなれない」と明かす。

同省は事故後の下落した価値に基づき、田畑などの買い取り額を算出。評価額は事故前の半分程度で、同省が用地を買い取った後、県が事故前の価格との差額をぽてん補填(ほてん)する。

だが、藤田さんはそうした仕組み自体、納得がいかない。「農家をばかにしている。まずは政府が事故前の基準で買い取るのが筋だ。政府は、悔しくて切ない思いを抱えて今も避難生活を送っている農家の気持ちに寄り添っていない」

同町農業委員会会長を務める藤田さんは、政府と用地交渉を進める農家と話す機会が多い。農家は仮置き場が増えている現状を痛感しつつも、政府の一方的な対応に不満を募らせているという。

大熊町で農業をしていた永井文成さん(74)も同様だ。古里の農地や墓地など土地5ヘクタール全てが中間貯蔵施設の建設予定地に含まれ、現在は会津若松市のアパートで暮らす。もう二度と古里で農業ができないと覚悟している。そこで県内で代替農地を探しているが、双葉郡からの避難者が多く暮らす地域の土地価格は高騰し、難航している。永井さんは「国が提示する買い取り価格では、代替農地を買うことができない。これでは農家は到底納得できない。中間貯蔵施設は建設できないのではないか」と政府の対応を疑問視する。

なぜ、ここまでこじれているのか。環境経済学を専門とする大阪市立大学大学院の除本理史教授は「土地の補償額について政府の説明では地権者は納得できない。金額の問題だけでなく丁寧な合意形成の手続きを欠いていることも、問題をこじらせている」と指摘。事故発生から4年半が経過したことを踏まえ「除染はスケジュールありきで進めても解決しない。除染政策を見直す時期にきている」と提起する。

<ことば> 中間貯蔵施設

環境省によると対象予定地は1600ヘクタールで、うち農地は4割、山林は3割を占める。地権者は2365人。地権者のうち950人は同省が戸別訪問して用地交渉をしているが、売買契約が成立したのは7人。契約面積は全体の0.1%にも満たない。地権者のうち500人以上は既に亡くなり、相続関係の調査でさらに時間が掛かっている。一方、除染土などの廃棄物はたまり続け、県内の仮置き場は1000カ所、住宅の庭先や農地など現場保管は11万5000カ所を超える。




http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150925-00010001-agrinews-soci