「貯金2700万円」でも危ない…「老後破産」の現実

公的年金の目減りや雇用状況の悪化で生活不安が募る――そんな時代に新たに問題視され始めた「老後破産」。この言葉から、あなたは何を思い浮かべるだろうか。

今年6月に東海道新幹線内で、男が焼身自殺し、巻き添えとなった女性の乗客1人が死亡する事件が起きた。焼身自殺した71歳の容疑者は事件前、「仕事を辞め、年金が月12万円。生きていけない」と話していたという。凄惨な事件の背景に、生活苦に陥った高齢者の実態が浮かび上がったことは記憶に新しい。

ただ、「老後破産」の定義はあいまいだ。「年金だけでギリギリの生活を続けている状況」(「老後破産 長寿という悪夢」NHKスペシャル取材班著)という位置付けもあれば、「高齢者の貧困=下流化」としたうえで、推定600万~700万人の「下流老人」を「生活保護基準相当で暮らす高齢者及びその恐れがある高齢者(「下流老人 一億総老後崩壊の衝撃」藤田孝典著)とする定義もある。そして、食費を切り詰めたり、病気になっても医者にかかるのをためらったり、他人との付き合いができなくなったりする高齢者の様子がリポートされる。

ただ、今、定年前か定年前後のあなたにある程度の貯金があれば、こうした生活は人ごとに感じられるかもしれない。「いや、そこが危ない。『普通の人』にこそ見えない老後破産の危険性があるのです」と話すのが、ファイナンシャルプランナーの畠中雅子さんだ。

年間の総赤字額を求めよ

「貯金は2700万円あるし、年金と合わせて老後は余裕で乗り切れるのでは?」と考えているのは首都圏で持ち家に住むAさん夫婦。63歳の夫は60歳の時に定年退職し、現在月13万円の部分年金を受給中だ。60歳の妻はパートで月9万円の収入を得ており、世帯の1か月の収入は約22万円。一方、月の支出は食費、光熱費、交際費などで約25万円かかる。収入から支出を引いた赤字は約3万円で、年間約36万円の計算になる。夫が65歳になり、年金を満額受給すれば妻がパートを辞めても収入は変わらない予定だ。

「2人ともあと生きて20年ちょっとくらいだろうし、何とか足りるんじゃない?」と妻。「この先、医療や介護はどんな出費になるかわからないから、保険をかけているし、貯金のうち300万円くらいは手をつけないでおきたい。それでも、あと悩むとしたら、今は家を出た息子や娘から結婚資金や住宅資金を融通してくれ、と言われることくらいだろう」と夫。

さあ、この夫婦、余裕があるように見えるが、どうなのか。

「残念ながら、老後破産予備軍の可能性がありますね」と畠中さん。なぜなのか。

「どの家庭にも、月々の収支とは別に、持ち家の固定資産税や修繕費、レジャー費などの『特別支出』があります。Aさん宅はそれが年間50万円前後かかっています。従って年間の総赤字額は約86万円になりますね」と畠中さん。

これに、一般に夫より長く生きると予想される「妻の平均余命」をかける。Aさんの妻の平均余命は29年なので、86万円×29年で2494万円。貯金2700万円から引いた残りは200万円余りで、医療・介護費用の300万円を除けばマイナスになってしまう。

畠中さんは「私が定義する老後破産は『平均余命を迎える前に、貯蓄が底を突く状態』。ですから、Aさんは立派な予備軍です」と指摘する。「出費を切り詰めたり、お子さんへの援助を慎重にしたりすることをおすすめします」。一見「普通」だったAさん夫婦の家計も、細かく見るとそんな危険があるとは。

将来、「こんなはずじゃなかった」と嘆かないためにも、リタイア前後の層に向けた、家計の専門家・畠中さんの“警告”を聞いてみよう。

まとまった貯蓄額に安心するな!

老後破産を巡り、暗い話題が様々に取り上げられているが、「生活保護」「独居高齢者」などの言葉のイメージから、自分には無関係と思っていらっしゃる方も多いように感じる。しかし、ファイナンシャルプランナーとして多くのご家庭の家計を拝見させていただいている中で、放っておけば70歳代、80歳代に生活費が足りなくなると思われる世帯は少なくない。それが、「老後破産予備軍」だ。今回は、予備軍の間に“撤退”できるヒントを少しでもお伝えできればと思う。

もちろん、リタイア時点で貯蓄がほとんどない状態も老後破産に当たるかもしれない。ただ、その時点でわかっていれば、まだ60歳前後だろうから、生活費を見直したり、パートで働いたりするなどの対処法を考えるのが一般的だろう。まだ対処する余裕があるかもしれない。もっとコワイのは、リタイア時点では3000万円などのまとまった貯蓄を持っていて大丈夫と安心している層が、予想もしない老後破産を迎える可能性が高まっていることだ。

老後資金額は実態とズレ

なぜ、3000万円近くの老後資金がありながら、老後破産の可能性が高まっているのか。その理由のひとつは、「貯蓄の減るペース」が速い家庭が増えていること。これは、私が日ごろ受けている相談からの実感だ。

多くの人は、「老後資金は最低でも3000万円くらいは必要だ」とか、「ゆとりある老後を過ごすには5000万円くらいは持っていたい」など、いわゆる一般論で老後資金の必要額を捉えがちである。巷ちまたで言われているような老後資金があれば、老後は何とか過ごせるはず、と考えるわけだ。

ところが、その3000万円や5000万円などのよく言われる老後資金額は、年金暮らし世帯の平均的な赤字額に平均寿命を掛けるなどして、ざっくりと求めた金額に過ぎない。赤字額が家計調査などに基づいた金額だとしても、個々の生活実態に合わせて計算した金額ではない。

一般論で老後資金額を考えるのは、危険な行為だと個人的には考えている。それより重要なのは、「老後の赤字(収入-支出)額をきちんと計算すること」。老後資金の必要額を求めるには、年間の赤字額の算出が欠かせないからである。

税やクルマ関連、レジャー…特別支出の落とし穴

ところで年間の赤字額とは、月々の赤字額の12か月分ではないことに注意しよう。生活費の赤字額の1年分に、「特別支出」を足した金額が「正しい年間の赤字額」である。病気や介護にかかる費用は考慮されることが多いが、案外見落とされがちなのが、この特別支出だ。

貯蓄の減り方が早い家庭は、特別支出が多い傾向にある。特別支出は固定資産税や自動車税、レジャー費、車検代、家の修繕費、家電の買い替え費用など、毎月発生するわけではないが、1年のどこかで支払う支出を指す。現役時代はボーナスでまかなっていた家庭が多いはずで、日々の生活では節約していても、特別支出の管理が甘い家庭はたくさんある。

年間の特別支出額は、家と車があれば40万~60万円かかるのが一般的。1人1台、車を保有している地域だと、もっとかかっているかもしれない。また、年を取るほどに冠婚葬祭費がかさみ、特別支出が押し上げられる。特別支出に月々の赤字を加えると、年間の赤字額が80万~100万円になる家庭も珍しくないのが現実だ。

孫かわいさの贈与に気をつけよ

年間80万円以上の赤字が出れば、老後資金が3000万円あっても、80代に入った頃には数百万円に減ってしまうことも珍しくない。加えて最近は、教育資金贈与や住宅資金贈与、結婚・子育て資金贈与など、各種の贈与制度を利用する人も増えている。リタイア直後は貯蓄額がピークになっているため、「少しくらいあげても大丈夫」だと考え、孫かわいさに援助する人も少なくない。だが、10年後や20年後に、あげすぎたことを後悔する人も出てくるだろう。

老後破産を防ぐために重要なのは、平均値を探し求める行為ではなく、老後生活における自分の家庭の年間の赤字額を計算し、貯蓄の減り方のペースをある程度つかむこと。老後破産を迎えやすい人の特徴として、「一般論」を探し求める傾向が強いことも知っておくとよい。

今から対策始めよう、年間赤字の削減

なお、年間80万~100万円の赤字が出れば、3000万円でも老後破産を迎えてしまう可能性がある一方で、貯蓄の減るペースが年に10万円から20万円くらいゆるやかであれば、老後資金は1000万円以下でも老後破産にいたらずにすむ可能性も高い。

計算してみて老後破産の可能性が見つかったなら、少しでも長く働ける道を探したり、ダウンサイジングの住み替えをしたりして、老後の生活費や年間の赤字額を圧縮することを真剣に考えたい。

畠中雅子(はたなか・まさこ)

ファイナンシャルプランナー。新聞・雑誌・ウェブなどに多数の連載を持つほか、講演、相談業務などをおこなう。著書は「高齢化するひきこもりのサバイバルライフプラン」(近代セールス社)、「どっちがお得?定年後のお金」(高橋書店)など、約60冊を数える。




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