【ゆうゆうLife】働く時間減少の矛盾 介護職の賃金を上げたけれど…配偶者控除の壁

深刻な介護職不足のなか、政府は介護職の処遇改善を目指し、賃金アップの旗を振る。しかし、非常勤の女性パートが多い訪問介護の現場では、時給を上げると、労働力が減るという不思議な現象が起きている。夫の「配偶者控除」に収まるよう、働き方を調整するためだ。制度の見直しを求める声も上がっている。

なかったことに…

介護・医療事務の大手、ソラスト(東京都港区)。年末を控えた時期になると、非常勤で働くスタッフから毎年、何件か嘆願が来る。

「時間調整の計算を間違えた。残業した分は、なかったことにしてほしい」

「予想より昇給していた。年収が配偶者控除の範囲を超えないよう、働いた2時間分を取り消してほしい」

介護事業本部のシニアディレクター、佐藤壮一郎さんはため息をつく。「企業としては、働いたのに、働かなかったことにはできない。事前に注意喚起をしているんですが…」

同社の介護職は全国で2500人。非常勤職員は6割で、ほとんどが年収103万円以内で働く訪問ヘルパーだ。収入がその範囲内なら、夫が課税所得を38万円減らせる「配偶者控除」を受けられる。

これを超えて働いても課税額が急増するわけではない。しかし、多くの民間企業は、妻が配偶者控除の対象かどうかを指標に、従業員に「家族手当」などを出す。このため、「103万円」は女性が働き方を決める一つの目安になっているのだ。

一方、業界全体として見た場合、介護職の処遇改善は必須の課題。政府は平成21年から賃金の引き上げを目指して、事業主を後押しする制度を進めてきた。だが、全国の介護職約170万人のうち4割を占める67万人が非常勤。現場は今、賃金アップで訪問ヘルパーの働く時間が減ることに頭を痛めている。

ソラストは、率先して処遇改善をしてきた自負がある。制度開始前、同社の訪問ヘルパーの平均時給は関東地方で1500円だったが、今は1800円。時給が300円上がったことで、配偶者控除ぎりぎりで働く人はこの間に、労働時間を年間で100時間程度減らしたとみる。

労働力が減るだけでも深刻だが、問題は、良いサービスを提供しようと、スタッフの技能向上を図っても、やっぱり働く時間が減ることだ。

佐藤さんは「人を採りたいから採用時の時給を上げる。定着してほしいから長く働いた人の賃金を上げる。技能を上げてほしいから、資格取得を奨励し、取得すれば賃金に反映する。だが、賃金が上がれば上がるほど、働く時間は減る。矛盾をはらんだ状況になっている」とこぼす。

控除の縮小・廃止を

民間事業者の組織「全国介護事業者協議会」は昨年、塩崎恭久厚労相に介護報酬改定に向けた要望書を手渡した。

要望書は配偶者控除にも触れ、「昇給を行った場合、扶養の範囲内での勤務を優先するスタッフは労働時間を減らさなければならず、事業所は労働力不足に陥る」とし、配偶者控除の縮小・廃止を求めた。

同協議会理事長で、ソラストの佐藤優治専務は「一日でも早く、足かせになっている制度を見直してほしい」と訴える。

ただ、仮に配偶者控除がなくなっても、現行制度では年収が130万円を超えると、本人や企業には厚生年金や健康保険の保険料負担が発生する。企業はこれまで、こうした事業主負担のかかる労働力を敬遠してきた。その負担を負う覚悟はあるのか?

佐藤専務は、こう答える。「法定福利の負担は今や、採用コストの3分の1にすぎない。負担が増えても、人を採用して生産性を上げるのが先。保険料を納めれば、働く人自身の老後の保障もついてくる。ぜひ、ラインを突き抜けて働いてほしい」

■環境整備し、専門性習得の道筋を

常勤職員を含めた介護職の賃金を考える上で不可欠な視点は、技能を育て、それに見合う賃金が払われているかどうか、だ。

介護職は専門職だ。生活援助だけでなく、身体介護ができるか▽残る身体機能を生かした介助ができるか▽認知症の人の突発的な行動に対応できるか−など、さまざまな知識と技能が求められる。

だが、こうした技能を評価するしくみや習得する道筋は確立されていない。

上智大学の藤井賢一郎准教授は「本来は、一定の知識と技術のある介護職に、どの程度の賃金を出すか、という話をしなければいけない。だが今は、良い介護も悪い介護も一緒くたに論じられ、『安い』『給料を上げるべきだ』と言われる」と指摘する。

サービスの向上には利用者の声が重要な役割を果たす。利用者が質の高いサービスを選択すれば、質の高い事業者が生き残り、質の高いスタッフに高い賃金を出す−という好循環が生まれる。だが、藤井准教授は「現実はそうなっていない。利用する側が『見ていてくれればいい』『預かってくれればいい』という意識だと、事業者も『昨日、雇ったばかりの人でもできる』となる。それでは、介護職の技能を上げ、賃金を上げようという動機は生まれにくい」とする。

非常勤職員の中にも介護福祉士の資格を持つ人は多く、キャリアアップへの意欲は高い。だが、全体の4割を占めるだけに、技能向上を図ると働く時間が減る状況は、事業主の育成意欲をそぎ、介護の質の向上にもつながらない。

藤井准教授は「賃金の話は、技術や質をどう確保するのかということとセットで論じなければならない。まずは、介護福祉士の資格を得るための養成課程を強化し、専門職の技術と知識を上げることからだ」と話している。




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